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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第97話


 わき上がる敵対心をおさえ込む。


 私は戦いに来たわけじゃない。こんな感情は不要だ。


 私は意図して口角を上げる。


「久しぶりだねゼルニーオ。長らく宝玉に潜んでたみたいだけど元気だった?」

「元気ならこんなところにいるわけがなかろう。挑発のつもりか」

「そんなつもりはなかったんだ。気にさわったならごめんね?」


 どうしよう、何を話せばいいか分からない。


 これ以上下手なことを言っても状態が悪くなる。もう本題に入っちゃおうか。


「聞いてほしいことがあるの。私たちは今宝玉の力を必要としてる」

「知っているぞ。ここから見ていたからな」

「だったら話は早いね。私は小夜さんを助けたいの。だから儀式の妨害はやめてくれないかな。長久さんにあなたを祓わないでってお願いしてあげるからさ」

「断る」


 息をのむ。


 シャッターをピシャリと下ろされたような声色に言葉を失った。


「話は終わりか。ならば去れ」

「せめて理由を聞かせてよ。あなたは命が惜しくないの?」

「何を言う。ここに潜んでいることを知られた以上、仮にこの場をやり過ごしても角のように封印を施されるだけだ。もはやこの世界に私の居場所はない。ならば憎い存在がくやしがるさまを嘲笑いながら消えた方がマシだ」

「そっか。やっぱりこうなっちゃうんだね」


 私は腰元の鞘からダガーを抜き放つ。


「その気になったか。だがみすみす討たれるつもりはないぞ。手始めに貴様をほうむって体を乗っ取ろう。角の封印を解いて陰陽師やその他も皆殺しにしてくれる!」


 ゼルニーオがおたけびを上げて地面を蹴った。巨体が見る見るうちに距離を詰める。

 

 全速力の突進。


 されど真正面からの直進だ。いくら速くてもかわすだけなら難しくない。


 十分に引きつけてタイミングを見計らう。


 枝分かれした角がほのかに光を帯びて、私は反射的に右方へ身を投げ出す。


 背後で爆発が起こった。


「きゃっ!?」


 強風に背中を叩かれて地面の上を転がる。


 体勢を立て直して振り返ると、さっきまで立っていた地面が大きくえぐれていた。


 突進はフェイク。角から放たれた一撃が本命だったのだろう。


「よく避けたな。だてに戦闘経験を積んではいないということか」


 ゼルニーオが向き直る。


 私はスリングショットを構えて引き金を引いた。


 首が振られる。角に当たったクナイ型の弾が甲高い音を立てて宙を舞う。


 さすがに普通の弾じゃ通用しないか。


「それなら!」


 私はゼルニーオに背を向けて走る。


「逃がすか!」


 思った通り追ってきた。


 勢いがついた体はそう簡単に止まれない。これなら簡単には避けられないはずだ。


 私はフュージョンバレットで巨大クナイを構成した。


【慣性】を切らさないようにUターンして放った。発射の反動が腕にきて顔をしかめる。


 螺旋を描くクナイがドリルのごとく大気をうならせる。


「なめるなよ小娘ェッ!」


 雄々しい角が再び光を帯びる。


 螺旋を描くクナイと立派な角が真正面から激突した。


 大きなクナイが宙を舞って砕け散る。


「嘘!?」


 私の最高の一撃なのに!


 動揺したことがあだになった。回避が数拍遅れて肩と青紫の体が接触する。


 小石のごとく吹っ飛ばされてHPゲージが半分近く削れた。


「痛いか小娘。私が受けた痛みはこの程度ではないぞ。立て! その体、ボロクズに成り果てるまで引き回してくれる!」


 私はうめきながら腰を浮かせる。


 アイセの中でよかった。リアルであんな突進を受けたら体の骨がバラバラになるところだ。


「残り六割か」


 残存HPを視認してゼルニーオを見すえる。


 思わず小さく笑った。


「威勢のいいこと言ってるけど角砕けてるよ?」


 クナイとの接触箇所が一部欠けている。相手も無傷ってわけにはいかなかったらしい。


 勝てる希望がわいてくる。


「ぬかせ。この程度の傷、角に封じられた力を取り込めば瞬時に癒える」

「つまり今は余裕がないってことだね。以前戦った時はすごい魔法を連発してたのに、今回そうしないのはそれが理由なのかな」

「使うまでもないだけだ」

「強がっちゃって」


 笑みを作って余裕をアピールする。


 回復アイテムを使いたいところだけど、きっと飲み終わるまで待ってはくれないだろうなぁ。


「強がりかどうか、その身をもって思い知れ!」


 ゼルニーオが再び駆ける。


 突進? それともフェイントからの魔法攻撃?


 分からない。どちらにしても後だしジャンケンするゼルニーオが有利だ。


 だったら私から距離を詰める!


「何!?」


 真正面から来ると思わなかったのか、ゼルニーオが驚きの声をもらした。


 ぶつかれば一方的にやられる。そんなことは私がよく知っている。


 だからこそやることに意味があった。距離が急速に縮まったことで今度はゼルニーオが二択に迫られる。


 角は光らない。ただの突進だ。


 私は素直な体当たりをかわして、今度は威力特化の手裏剣を十個手の中で融合させる。


 Uターンしてひゅっと息をのむ。


「投げさせんぞ!」


 青紫の巨体がグッと距離を詰める。


 このまま走ったら手裏剣を投げる前に激突する。


 フュージョンバレットを捨てた方がいい?


 私のビルドじゃ慣性のスキルなしだと大したダメージが出ない。まだ弾に予備はあるし仕切り直した方が賢明かも。


 でも味を占められて同じ対処を繰り返されるのはまずい。


 弾がなくなったら遠距離攻撃はダガーのアビリティ依存になる。真空波は威力がひかえめだし、あのフィジカル相手に近接攻撃主体はさすがに辛い。


 ここはいちかばちか――!


「ぐッ!?」


 ゼルニーオがうめいた。疾走の勢いが見る見るうちに減衰する。


 巨体の周りに黒い輪っかが現れた。


 よく見るとそれは文字で構成されている。


「な、何だ、これは……ッ!」


 古い文言がグルグル回ってゼルニーオを縛り上げる。


 もがきもむなしくゼルニーオが地面に伏した。長久さんたちのサポートだろうか。


 だとしたらこれ以上ない好機だ。


 さっきの一撃では角を破壊できた。隙だらけな頭部にたたき込めば決着も視野に入る。

 

 これで小夜さんを助けられる。後は手裏剣を放るだけでいい。


 頭で分かってはいるのに、足はどんどん勢いを失う。


 一体で精霊たちに立ち向かって、憑依ひょういした先では多くの冒険者に袋だたきにされて、今度は陰陽師に縛られて私に首をさらしている。


 目の前の精霊は、ずっと一対多数の構図を繰り返してきたんだ。


 そう思うとやるせない。


「……何の真似だ」


 ゼルニーオがいつくばった状態で頭をもたげる。

 

「別に、もういいかなって」

「ふざけるな、施しはいらん。とどめを刺せ」

「刺したくない」

「私に生き恥をさらせと言うのか。そうか、人間に負けた愚者として笑い者にするつもりだな。許さん、この屈辱絶対に忘れぬぞ。精霊妖怪ともども必ず報いを受けさせてやる!」


 精霊妖怪ともども。


 私の記憶じゃゼルニーオは妖華に来てから妖怪と触れ合ってない。やっぱり斎さんの話は本当にあったことなんだ。

 

 私は一つの決断をして口を開く。


「聞いたよ、あなたの出生について。精霊と妖怪の間に生まれたあなたが、どんな世渡りをしてきたのか」

「私を哀れもうと言うのか。身の程をわきまえろ人間」

「勘違いしないで。私はあなたの所業を許したわけじゃない。あなたが贖罪もせず消えることに納得がいかないだけ」

「謝れと言うのか。精霊界を転覆させ、人間界すら支配しようとしたこの私に」

「本当に転覆と支配をもくろんでたの?」


 ゼルニーオがいぶかしむように目を細める。


「何が言いたい」

「精霊王は軍を従えてる。他の精霊だって数十数百と集まれば脅威になる。そんなことは長老をやってたあなたなら分かってたはずだよ。実際対処に手こずったから精霊王の介入を招いたわけだし」

「それは、想像よりも力が体になじまなかっただけだ。本来は秒で片づくはずだった。そもそも貴様らさえ来なければ王座は私の手にあったのだ!」

「違うよね。あなたは居場所が欲しかっただけなんでしょ?」


 息をのむ音が聞こえた。


 私は聞こえなかった振りをして言葉をつのらせる。


「ずっと存在を認められたい一心でがんばって、でも期待は裏切られて、怒りや悲しみを抑え切れなかったから老衰ろうすいの前に一泡吹かせたかった。違う?」

「妄想力たくましい小娘だな。何を根拠に」

「知り合った当初のあなたは長老としてしたわれてた。都市を追い出された後にふてくされてたらそうはならないよ」

「知ったようなことを、貴様に私の何が分かる!」

「私もね、似た経験をしたことがあるんだ」


 ゼルニーオが口をつぐむ。


「さすがにあなたほど壮絶な経験はしてないけどね。あると信じていたものがある日突然なくなって、周りの私を見る目が怖くなった。どうして私がこんな目に、何も悪いことはしてないのにって一時期ずっと泣いてた。自分の立ち位置がないって辛いよね」


 私には不登校になった時期がある。


 足を故障して陸上選手の道が閉ざされただけじゃない。周りの目が気になったことも自宅に引きこもった要因の一つだ。


 当時の私は多くの人から期待を受けていた。それに応えられなくなった自分とのギャップと、失望のまなざしを向けられる恐怖。それらの要素でがんじがらめになった。

 

 これも見方を変えれば居場所の喪失だ。明確な立ち位置がないと不安になるし、甘い言葉にだまされやすくなる。


 おそらくゼルニーオも小夜さんみたくアーケンに目をつけられたんだ。そうでなきゃ長老の身分にいた精霊とおたずね者が顔見知りになるわけない。


「だいぶ境遇に差があるように聞こえるな」

「そうだね。あなたがやったことは取り返しがつかない。でも問答無用で処刑されるのは違うって思ってる。だからさ、この件が終わったら一緒に謝りに行こうよ」


 ゼルニーオが目を見開いた。


「貴様、自分で何を言ったか分かっているのか?」

「もちろん。精霊たちは今もあなたからの報復におびえてる。もうその意思はないと伝えて安心させてあげなきゃいけないでしょ?」

「今までの屈辱を水に流せと? それが敗者の責務とでも言うつもりか」

「言いたいことは分かるけど、あなたを冷遇した精霊の大半はもう没してるんでしょ? あなたがやったことはただのやつ当たりだし、他の精霊は自分たちの居場所を守るために戦っただけ。 居場所を失う恐怖はあなたもよく知ってるよね? こっぴどく叩かれるのは当たり前だと思うな」


 小さなうなり声がもれる。


 納得し切れてはいない様子だけど思考はしてくれている。怒りで凝り固められた簒奪者の冠はもう脱げかかっている。


「謝りに行って、それでどうなる。みすみす殺されに行くようなものだ」

「その時は私が守ってあげるよ。こう見えて精霊王には借りがあるの。多少便宜(べんぎ)を図ってくれると思う」

「最悪精霊界への立ち入りを禁じられるぞ。そこまでして貴様に何のメリットがある」

「メリットなんてないよ。しいて言うなら気持ちの問題かな。直接冷遇したわけじゃなくても精霊王は何もしなかった。傍観の姿勢があの騒動を招いたわけだし、その分の責任は取ってもらわないと」

「おせっかいな娘だ」


 つぶやきに遅れて薄暗い空間の明度が上がる。


 あちこちで青白い揺らめきが発生した。視界内から少しずつ白以外の色が失われる。


「約束は守ってもらうぞ」

「うん。任せて」


 私にできることはする。その意図を込めて力強くうなずく。


 気のせいか、フッと小さな笑い声を聞いた気がした。

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