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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第95話


「誰」


 長身が足を止めて一礼する。


「名乗りが遅れたね。私はパテル、クラン虚無ヴォイドの管理を仰せつかっている者。早速だがクランリーダーがお待ちだ。右のお嬢さんには同行を願いたい」

「行かせると思うか?」


 小夜さんが一歩足を前に出す。


「リーダーが所望しているのはそこのお嬢さんだけだ。あなたに用はない」

「そうか。死ね」


 小夜さんが一瞬で距離を詰める。


 ダガーの刃が片手で止められた。


「こう見えて私は鬼なんだ。鬼もどきのあなたが勝てるわけないだろう。あの仮面を出したらどうだね」

「小夜さん、誘いに乗っちゃ駄目です!」

「分かっている。あの力は頭領の首を取るまでお預けだ」

「見くびられたものだねぇ。これでもトップクランの幹部を務めているというのに」


 私もダガーを振るって小夜さんに加勢する。


 一対二の構図を嫌ったパテルが飛びのいて、それを二人で追いかける。


 相手が反撃する余地なんて与えない。数の利を活かした戦法は単純であるがゆえに効果絶大だ。


「うっとうしいねぇ、私は本来見る専なのだが」

「知ったことか」

「だろうね。仕方ない」


 燕尾服姿が視界の上辺に消える。


 枝の上に着地したパテルが笛を取り出して口元に近づけた。


 妖しくも踊るような音色が鳴り響く。

 

 森がほのかに赤みを帯びた。


「痛っ!」


 背中がチクッとして振り返る。


 赤い人型が斧を持って立っていた。


「いつの間に」


 私はダガーを振って反撃する。


 手ごたえはない。赤い人型が原型を失って空気に溶ける。


 視線を左上にやると赤い目玉のアイコンがあった。


「幻覚か」


 察してパテルとの距離を詰める。右方から赤い人型が腕を振りかぶる。


 切られると痛みはあるもののHPバーは減らない。


 再度視認して、HPバーとは違うバーを二度見する。


 残りMPが半分ほどに減っていた。


「小夜さん切られないで! 技を出せなくなっちゃう!」

「力を吸う妖術か」


 小夜さんが器用に跳躍して赤い人型の攻撃を避ける。


 パンッ! と乾いた音が鳴り響いた。小夜さんの腕から赤いヒットエフェクトが散る。


 パテルが装飾の凝った古式銃を向けていた。


「この銃、いちいち弾込めないといけないから不便なんですよねぇ。そちらのスリングショットは連射できるんでしたっけ。交換しません?」

「このっ!」


 私はパテルに向けて左腕を伸ばす。


 マシンガンスリンガーのトリガーを引く前に、怪人風の装いが左半身を突き出した。

 

「二丁!?」


 とっさに地面を蹴った私の背後で着弾音が鳴る。


 誘われたと察して枝の上をキッとにらむ。


「撃ち切ったみたいなこと言っておいて不意打ちなんて、ずいぶんいやらしいね」

「それは褒め言葉だよお嬢さん。こと対人戦においてはね」


 パテルが装填を終えて右半身を向ける。


 近づけない。


 私たちは赤い人型の攻撃をかいくぐってから狙いを定めなきゃいけない。


 その一方でパテルは高所を取っている。私と小夜さんの動きを同時に見て的確なタイミングで牽制してくる。


 鬼の幻覚を使っての隙潰しに横槍。数を活かした攻撃が、今度は私たちの不利になる方向で再現される。


「ここは静かだから銃声が響くねぇ。他の鬼が駆けつけるまで後何分かな」

 

 小夜さんが近くに寄る。


「ヒナタ、仮面を使う」

「駄目です。それこそ相手の思うツボですよ」

「短時間だけだ。増援が来たらますます不利になる。強引にでも短期決戦に持ち込まないとじり貧だ」


 それは私も戦いが始まった時から考えていた。


 ここは鬼の隠れ家に近い。戦いが長引けば状況が悪化するばかりだ。

 

「分かりました。お願いします」

「ああ」


 小夜さんが額に手を当てる。


 パテルが邪魔する様子はない。言動の通り仮面を使わせたいみたいだ。


 赤い霧が般若はんにゃの面を形作った。


「行くぞパテルとやら。私の目的のためにここで果てろ!」


 小夜さんが一陣の風と化した。斧や銃弾をかいくぐって樹木の幹を駆け上がる。


 パテルがたまらずといった様子で枝から飛び降りた。小夜さんが幹を蹴って赤い旋風をまとわせる。


 加速した細身と長身が激突した。直線状にえぐれる地面がその威力を物語る。


「やった!」


 技は間違いなく直撃した。一撃で終わらなくても大ダメージはまぬがれない。


「ぐあっ!?」


 うめき声に遅れて樹木の幹に人型がぶつかる。


 それは小夜さんだった。


「小夜さん!」

「言っただろう、こちらは鬼だと。不出来な鬼もどきでは届かない領域にいるのだよ!」


 砂ぼこりが払われた。


 紳士風の装いが異形と化していた。背中から伸びた大きな腕がその威容をさらしている。


 清潔感のあった真っ白な仮面は半分が黒く染まっている。夜空のような色合いをバックに弧を描く金の目はさながら三日月だ。


「貴様、その力を得るために一体何人を喰らった!」

「はて、こういう時はパンの枚数を数えればいいんだったかな。すまんね、私その手の作法にはうといんだ」

「ほざけ!」


 小夜さんがダガーの柄を握りしめて体勢を立て直す。


 その時だった。


「グッ!?」


 小夜さんの周りで赤い霧がぶわっと舞い散った。手から離れた短剣が重力に引かれて地面に落ちる。


 肩からのぞかせる肌に不気味な模様が浮かび上がる。


「これ、まさか」


 嫌な予感が脳裏をよぎる。


 答え合わせでもするかのように繊細な指先から凶器じみた爪が伸びる。


 クハッと笑い声が響いた。


「堕ちるの速すぎだろう! アーケンからそろそろだと言われていたが、これじゃ気合を入れて変身した私が道化どうけみたいじゃないか」

 

 小夜さんが地面を蹴る。


 何故か私の方に向かってきた。


「小夜さん!? ちょっ、やめてください!」

「おやおや仲間割れか。私はとどめだけいただければ結構なので、どうぞ存分にやり合ってくれ」

「ふざけないで!」


 抗議の声がむなしく響く。


 鬼化した小夜さんの攻撃は単調だ。速いだけで大振りだから動きは読める。


 でも小夜さんは鬼に成り果ててしまった。


 ここまでやってきたのに、こんなバッドエンドってないよ。

 

「小夜さん! しっかりしてよ!」

「無駄だよ。その女性はもう鬼に堕ちた」


 気分が沈む。


 違うと言いたいけど、今の獣じみた様相の小夜さんを見るとそうとしか思えない。


 鬼や妖怪に怒りをあらわにしていた小夜さんを思い出す。


 このまま放置したら、きっと小夜さんは鬼として人を襲う。これ以上なく小夜さんの尊厳を傷つけるだろう。


 私が止めなきゃ。


 今、ここで。


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