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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第93話


 小夜さんを見失った。


 にゃん丸に当たっても仕方ない。私は異界におもむいて妖怪から話を聞いた。


 穏便派と過激派はたびたび領地を懸けて試合をする。


 いつもは力のある妖怪が出場するものの、今回は斎さんと一緒に異界を留守にしている。にゃん丸は戦力を求めて私を探していたらしい。


 私は戦士の一人として会場に足を運んだ。


 過激派の妖怪には敵意を向けられたけど関係ない。やるべきことをやって早く小夜さんを探すんだ。


 私の出場を認めるかどうかでもめていたけどそんなの知らない。ちょっと挑発したら過激派は二つ返事だった。


 試合会場はコロッセオのようだった。


 大きさは数段下回るものの多くの観客が収まっている。過激派と穏便派の妖怪が勝て負けろと声を張り上げる。


 ずしんと重い足音が響く。


 私を見下ろすのは巨体。ワニ頭の過激派だ。


 早速人間をあざける言動が始まった。


 私は軽く流して号令を待つ。


「チッ、つまらん」


 反応しないと知ってワニ頭が口を閉じた。


 マントヒヒの妖怪が号令をかけた。ワニ頭の妖怪を持ち上げる紹介をしたかと思えば、今度は私を小ばかにするような紹介が続く。


 過激派に買収されているらしい。これは完膚かんぷなきまでに叩かないと勝敗の判定をごまかされそうだ。


 勝利条件は相手が降参するか気を失うこと。それだけ耳に入れて武器を構える。


 試合開始の号令とともに駆ける。


 迫る槍の穂先を避けてひざ下を斬りつけた。【慣性】のスキルを活かすべくすれ違って距離を取る。


「痛ってえなぁこのあまァッ!」


 大きな足音が迫る。


 動きは遅いけど歩幅が大きいからグッと迫ったように映る。


 でも。


「遅いね」


 かわせないほどじゃない。反転してふところに入る。


「このッ、また足を!」


 ワニ頭は苛立たしそうにするだけ。体が大きい分タフみたいだ。


「らちが明かないな」


 スキルを使って一気に決めよう。


 さっきと同じ場所を斬りつけてすれ違った。右のダガーを鞘に納めて右方に右腕を伸ばす。


【フュージョンバレット】のショートカットアクションだ。威力特化の手裏剣十個を消費して大きな手裏剣が構成される。


「な、何だありゃあっ⁉」

「でっかいの出た!」


 観客の驚きをよそにUターンした。キィィィンと高周波をまき散らして回転するそれを投擲とうてきする。


「な、何だそりゃあッ⁉」


 ワニが足を地面に突き立てて追跡を中断した。


 あわてた様子で構えられた槍と拮抗したのは一瞬。回転する手裏剣が上方に弾かれて砕け散る。


 いなした代償として槍が真っ二つに分かたれた。


「じゃあ次行くね」


 再び高周波が空間をにぎやかす。


 ワニ頭の妖怪が一歩下がった。


「退いてんじゃねえ!」

「妖怪のプライド見せろ!」


 後退したことをとがめられてワニ頭が槍だった物を構える。


「まだやるつもり?」

「あ、当たり前だ! 誰が人間なんかに屈するか!」

「私急いでるの。降参しないなら本当に投げるよ?」


 ワニ頭が奥歯を食いしばる。


 相手は退くに退けない様子だ。試合前に散々私のことをバカにしていたし、妖怪のプライドが許さないんだろう。


 私は小さくため息をついて審判に視線を向ける。


「審判。私これ投げちゃうけど、いいの?」

「い、いい、とは?」

「私の、人間の手で妖怪を殺めちゃっていいのかってこと」


 ふざけるな!


 妖怪は人間ごときに負けん!


 おびえたワニ頭の心情なんて露知らず。過激派の観客が好き勝手なことを連呼する。


 いいなぁ外野は。いくらでも威勢のいい言葉を吐けるんだから。


「私はあなたに聞いてるの。どうなの?」

「る、ルール上は殺めても失格にはなりません、が」

「が?」

「いや、その」


 視線が逃げた。


 責任を負いたくないから明言したくないってことね。


 じゃあ私が言葉にしてあげる。


「審判から許可が出たし、降参したくないみたいだから投げるね。行くよ」

「ま、待て!」


 私は助走をつけて【慣性】を乗せる。


 わざと外して隙をつかれても嫌だし、かわいそうだけど腕の一本はもっていこうかな。


「恨まないでね」


 腕を振りかぶる。


「うわああああアアアアアアアアアアアアアッ!?」 


 ワニ頭が絶叫して体の前で両腕を交差する。


 会場がシンと静まり返った。


 緑色の腕は裂けていない。フュージョンバレットは私の制御下にある。


 投げる前に白い腕に止められていた。


「そこら辺にしといてやりな。あいつの鼻っ柱はもう折れてる」

「斎さん? 戻ったんですか」

「さっきな。お前さんが出るって聞いて駆けつけてみりゃ相手を圧倒してやがんの。びっくりしたぜ」


 羽織を着込んだオオカミがマントヒヒの妖怪を見る。


「審判、これ以上はいたずらに同族を傷つけるだけだ。こんな試合さっさと終わらせろ」

「は、はいっ!」


 マントヒヒが声を裏返らせて号令をかける。


 領地を懸けた試合は穏便派の勝利で終わった。


 



 私は試合を終えて異界を後にした。


 斎さんは労いをさせてほしいと言っていたけど、今は一秒でも早く小夜さんに会わなきゃいけない。


 私はこの前イノシシと戦った森に駆け込んだ。


 樹木のただよう空気を深く吸い込む。


「小夜さん! 話を聞いて!」


 返事がない。


 歩きながら声を張り上げるものの、何度やっても小夜さんは出てこない。


 妖怪や鬼と結託していた。そんな誤解を受けても仕方ない自覚はあった。最悪刃を向けられることも一応は頭の片隅に入れていた。


 でも小夜さんに憤怒や憎悪はなかったように思う。そんな直感が私を未練がましい捜索に駆り立てる。


「そなたに聞きたいことがある」


 特徴的な呼びかけを耳にしてバッと振り向く。


 小夜さん――じゃない。忍び装束だけど全くの別人だ。


「あなたは?」

枇杷びわの里の忍び、おぼろだ。先程から呼びかけているのを見た限り、そなたは小夜を知っていると見た。彼女がどこにいるか知らないか?」

「知りません」


 そんなの私が知りたい。たった今探している最中なんだから。


「知らないなら予想でもいい。あてがあるなら教えてくれ」


 素直に教えていいのかな。


 この人たちは間違いなく小夜さんの知り合いだ。装いからして同業者のはず。そんな人が行方を知らないってあり得るの?


 まだ私の知らない背景があるんだ。


 意味深な物言いや街に入ることへの拒否といい、小夜さんが並々ならぬ事情を抱えているのは明白。同業者だからと油断して教えない方がいいのかも。


「あてもありません。私も探している最中なんです。私は、小夜さんの弟子ですから」


 この前小夜さんに破門された。


 でもどこの人たちは知らないはずだ。


 小夜さんの弟子と聞いてどう反応するか。ちゃんとここで見定めよう。


「弟子? 君がか」

「はい」


 くノ一が目を丸くする。


 やがて驚きの表情がふっとやわらいだ。


「そうか、それは面白いことを聞かせてもらったよ。行方を知らないことは了解した。機会があればまた情報を交換してくれると助かる」


 朧さんが視界の上辺に消える。


 顔を上げると樹木の枝から枝へと飛び移って行った。


「この世界のくノ一ってすごいなぁ」


 感嘆してばかりもいられない。私は身をひるがえして元来た道をたどる。


 きっと小夜さんはここにいない。同業者が探しても見つからないんだ、正攻法で探しても駄目だろう。


 待ち伏せるしかない。

 

 幸い場所のあてならある。

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