第90話
異界を散歩して回った。
特別面白いギミックはなかったものの、ショップには見慣れない物が並んでいた。『ドクモリモズリの毒袋』なんてミザリが喜びそうだ。
お土産を購入して異界を出た。
「わっ!?」
近くで悲鳴が上がる。
振り向くと白い衣装のアバターが立っていた。
「モンシロ? どうしてここに」
「それはこっちのセリフ! 今どっから出てきた。見ない間にくノ一の術でも身に着けたの?」
「違うよ。まだ教えてもらってないし」
「教えてもらう予定はあるんだね」
さすがヒナタ。モンシロがそうつぶやいて苦笑いする。
何だか失礼なニュアンスを感じる。
「また怪しげなクエストでも見つけたんでしょ」
「まあね。新しい事実が分かって戸惑ってるよ」
告げてふと気づいた。
モンシロの装いがローブから変わっている。ベースが白な一方で着物じみた和風テイストを帯びている。
「狩衣だっけ。装い変えたんだね」
「うん。今私陰陽師の下についててさ、悪い妖怪を対峙して回ってるの」
「悪い妖怪って過激派のこと?」
「なんだ、ヒナタ知ってたんだね」
「ちょうど妖怪絡みのクエストを進めてるから。私も穏便派の側についてるし、いずれ一緒にクエストを進める機会があるかもね」
「じゃあその時までに陰陽師の術を身に着けておくよ。ところでヒナタはペットテイムした?」
「ううん、してない」
「へへーん、私はしたよ」
「え、うそ。どうやって?」
「クエスト進めただけ。見てて、今ショートカットアクションで呼び出すから」
モンシロが体の前で印を結ぶ。
モンシロの足元に淡い光が発生した。白い物がふわっと地面に降り立つ。
それには花も口もない。
「……え、紙?」
「そ、式神。それが私のペット」
どういうこと? それペットって言えるの?
困惑する私の前でモンシロが紙人形に向き直る。
「シキ、わんこ」
紙人形が変形する。
秒とせず犬の形になった。お手を命じられて右手をモンシロの手に乗せる。
よく見ると結構かわいいかも。
「ね、かわいいっしょ」
「うん、かわいいね。いいなぁモンシロ、私まだテイムできてないのに」
「今のクエスト進めたらペット候補が出てくるんじゃない?」
「そうかなぁ」
だといいなぁ。まったくそんな気配ないけど。
モンシロは時間制限のあるクエストを進めている最中らしい。談笑をそこそこにして解散した。
私は一度街に戻った。
特にやることがない。ぶらぶらと街を歩いていると前方で金髪のポニーテールが揺れた。頭の上には三本足のカラスが乗っかっている。
「サムライさ――」
呼びかけようとして止めた。
「桐島さんは海外旅行に出かけてたんだっけ」
だったらアイセにログインしてるはずがない。もう少しで恥をかくところだった。
金髪侍が右の曲がり角に消えた。私はショップに立ち寄ろうと思って直進する。
視界の右隅からぬっと頭部がのぞきこんだ。
「声をかけてくれてもいいデスよ?」
「ひゃああああああっ⁉」
反射的に後ろ走りする。
さっきのカラス乗せ侍。
やっぱりサムライさんだった。
「びっくりした、妖怪みたいなことしないでよ」
「え、妖怪いるデス?」
「いるよ。忍者にもあった」
「忍者もいるデス? すごいデス!」
サムライさんが子供みたいに目を輝かせる。
本当に忍者が好きなんだなぁ。
「それで、どうしてサムライさんはアイセにログインしてるの?」
「早く目が覚めちゃったので朝食までの暇潰しデス」
「海外だもんね。そっちは朝か」
「ハイ。ヒナタ、今回のアプデどうデスか?」
「新しい要素がたくさんあって楽しいよ。私はまだテイムできてないけど、モンシロは紙人形をペットにしてた」
「紙人形がペットなんデスか? それはユニークデスね」
「驚きだよね、私も最初見た時はびっくりしたよ。でも実際に動くところを見るとそれがまたかわいいんだ」
「そうなんデスか? じゃあ今度モンシロに見せてもらいマス」
「それがいいよ。ちなみにサムライさん、頭の上にとまってるそれって」
「さっきテイムしたペットデス。名は夜叉丸!」
「そ、そうなんだ」
顔に笑みを貼りつけるので精いっぱいだった。
むなしい。今日ログインしたばかりのサムライさんがテイムに成功しているのに、私は一体何をしているんだろう。
別にいいもん、私にはミザリがいるし。
視界の隅に通知が入った。
「グループチャット?」
誰だろう。
サムライさんはここにいる。モンシロとミザリのどちらかとみて間違いない。
人差し指でタップしてチャット欄を開く。
チャットの主はミザリだった。テイムに成功したことを記す文字の下には、小さな狐の写真が添えられている。
「なんでっ⁉」
どうして私だけペットいないの! そんな嘆きを止められなかった。




