第89話
強敵だった。本当に。
私たちはイノシシを倒して一度解散した。小夜さんと分かれたその足で祠におもむき、異界に入って斎さんの元を訪れた。
「よく来たなお嬢ちゃん。イノシシの討伐ご苦労さん」
「見てたんですか?」
「いいや。言ったろ? オレ様には神通力があるって」
便利だなぁ神通力。もはや何でもありだ。
私も欲しい。
「さて、約束通りポーチに入ってるヤツについて話してやろう。まずはそこの座布団に座りな」
「はい。失礼します」
座布団の上に正座する。
茶が置かれた。斎さんが茶碗をあおってから口を開く。
「まず初めに言っておくが、ゼルニーオには王族の血が流れてる」
「へえ……え?」
王族? それってディカーンと同じ?
全然似てない気がするけど。
「そりゃ親が違うからな。ディカーンと前王は全く別の血だ」
「頭の中を読まないでください」
「それは失礼。順を追って話そう、ゼルニーオは精霊と妖怪の和平の象徴として生まれた。とりわけ強い力を持って生まれたヤツは神童と謳われたもんだ。だが和平は長く続かず、精霊と妖怪の間で大戦が起きた。精霊が妖華の土を踏むなってことで、当時の頭領はゼルニーオを追放した」
「どうして。神童として期待されてたのに」
「あのなお嬢ちゃん、当時は大戦中だったんだぜ? 互いに相手種族を憎み合っていたんだ。同胞の血が流れていても、そこに精霊の血があるだけで駄目なのさ。生理的に無理ってやつだ」
「それは、ちょっとかわいそうですね」
「そうだな。精霊王の方はゼルニーオを受け入れたが、あくまで兵器としてあつかった。王座がディカーンに渡ってからは都市から離されて辺境に追いやられたと聞くぜ」
「精霊王がそんなことを?」
「おかしな話じゃねえさ。妖怪が精霊を疎んでいたように、精霊も妖怪をよく思っていなかった。半妖のゼルニーオを主要な都市に置くのは市民からの反発もあったろう。下手に力がある分寝首をかかれるリスクもある。王としちゃ無視するわけにはいかねえ」
「ゼルニーオは精霊からも迫害されていたんだね」
「端的に言えばそういうこった」
でも辺境とはいえ、ゼルニーオはエーファさんたちから長老と呼ばれていた。ただの嫌われ者が長の座につけるとは思えない。
現精霊王のディカーンは、ゼルニーオが精霊界に貢献したと言っていた。少なからず信頼を勝ち取れてはいたはずだ。
それじゃ満足できなかったのかな。
どうしても王座が欲しくて、目的のために従順を装っていたんだろうか。
「そうそう聞いたぜ、ゼルニーオのやつ簒奪を企てたんだってな。宝玉使って若返ったんだか知らねえが思い切ったことしやがる。笑えるぜ」
「笑えませんよ」
「そうかい? 一匹で国を相手にしようとしたんだぜ? どう考えたって無理だろ。本当に勝てると思って反旗をひるがえしたのかね」
「それ以外に理由がありますか? 時は来たみたいなことを言ってましたし、間違いないと思いますけど」
「どうかな。案外陳腐な理由だったりするかもしれないぜ」
陳腐? それってどういう。
斎さんが腰を浮かせて背を向ける。
「さ、話は終わりだ。オレ様これから行くところがあるからよ、お嬢ちゃんは気にせずゆっくりしてってくれや」
「え、あのちょっと!」
長身がたたみの上から消えた。
あのオオカミさん本当に何でもありだなぁ。




