第85話
忍者狩りってどういうこと。あの人は鬼を討伐しにきたんじゃないの?
そんな疑問なんて、移り変わった容姿の前にはささいなことだ。
NPCが鬼になるなら分かる。
でもあの男性はプレイヤーだ。本来私たちの側に立って戦う側のはずだ。
それがどうして鬼なんかに。
「おーいおいてくなよー」
遠くで呼びかけたのは二人目のプレイヤー。
知らない人だ。親し気に呼びかけた辺り、あの人も鬼側についていることがうかがえる。
「二対三、数的不利だな。ヒナタ、日本刀を持った鬼は任せる」
小夜さんが右手の指を額に添える。
無茶だ。
アイセに搭載されているAIが高性能なのは知ってるけど相手はプレイヤー。一対二で勝てるわけが。
「……え」
小夜さんの周りに赤黒い霧が発生した。それらが渦を巻いて小夜さんの手元に集まる。
気体に見えたそれが赤い仮面を形作った。憤怒の情を思わせる様相が般若の面を想起させる。
「何だありゃ」
「何かの演出だろ。こっちは鬼だし二対一だぜ、負けるわけねえ」
二人のプレイヤーが真正面から距離を詰める。
小夜さんが腰を落とす。
消えた。
そう錯覚するほどのスピードだった。小夜さんの短剣を受けて一人がポリゴンと化す。
「へ? おわああああっ⁉」
もう一人が悲鳴を上げてこん棒を振り上げる。
それは振り下ろされることなく宙に放り出された。両の前腕を失った男性がなすすべもなく仲間の後を追う。
「何だありゃ」
つぶやきを耳にして刀を握る鬼の存在を思い出した。
私は上体をひねってサイクロンエッジを発動する。
「ッ!? ま、待て! おわああああアアアアアアアアアアッ!」
断末魔が雷の音にかき消された。私はダガーを鞘に納めて小夜さんに向き直る。
般若の仮面が霧と化して空気に溶ける。
「小夜さん、すごかったですね今の!」
「そうか?」
「そうですよ! あんなに速い動き初めて見ました!」
バフが掛かった二位の人よりも速かった。
私こんなすごいくノ一の弟子になったんだ。修行を続けたら私もあの仮面を出せるようになるのかな。
でもさすがにデザインは変えてほしい。どんな仮面がいいかなぁ。
頭の中で思い描いていると小夜さんが地面にひざをついた。
「小夜さん!」
「少し疲れただけだ。問題ない」
手をかざされて、駆け寄ろうとした足を止める。
小夜さんがすっくと立ち上がった。
「すまない、今日の修業はここまでにさせてくれ」
「分かりました。私のことは気にせず体を大事にしてください」
「ありがとう」
小夜さんが跳躍して段差に消える。
やがて靴音が聞こえなくなった。




