第83話
ルイナさんと「ばいばい」を交わして釣り場を後にした。
日がいい具合に落ちかけている。散在するエネミーを無視して走る。
小夜さんとの待ち合わせ場所に到着した頃には日が落ちていた。
数秒して一つの人影が現れた。
見覚えのあるくノ一装束。小夜さんだ。
「早いな。日が落ちてまだそれほど経っていないはずだが」
「待たせても悪いですから」
「正確な時間を決めておくべきだったな。すまなかった」
謝罪の言葉に続いて、小夜さんが自身を取り巻く事情を語り出した。
小夜さんは特別な任務を遂行しているらしい。
その一つが人を襲う妖怪の討伐だ。満月もどきが出た時の赤い霧は、妖怪からもれ出る妖気が原因で発生したらしい。
「妖怪はただの刃物では倒せない。霊力を込めて斬るのだ」
「霊力と言われても身に覚えがないんですけど」
「里で教わらなかったのか。ならば私が教えよう。厳しい修行についてこれればの話だが」
ウィンドウが浮き上がる。
クエストが発生した。これを受けたら霊力を使った斬り方を教えてくれるのかな。
迷わず【はい】を押してウィンドウを消した。
小夜さんがバッと振り返って背中を向ける。
「この感じ、新たな妖怪が現れたか!」
華奢な人影が地面を蹴って遠ざかる。
「え、修業は⁉」
あわてて遠ざかる背中を追いかける。
速い。スピードには自信があったのに少しずつ距離が開く。段差や坂が入ると目に見えて遠ざかる。
このままじゃ見失っちゃう。
ただ走るだけじゃだめだ。安全な道から外れてリスクを取らないと。
思い切って段差から跳んだ。重力に身を任せつつタイミングを計る。
今!
上体をひねってショートカットアクションを活用する。
サイクロンエッジに起因する瞬間移動には慣性がある。
宙で使う機会が少ないから印象に残りにくいけど、斬りつける相手がいない時は慣性が止まるまで動き続ける。
雷鳴の音がとどろいた。強い慣性を味方につけた体が鋭角に宙を突き進む。
落下のプロセスを省略して新たな段差に足がついた。
「やった」
内心ガッツポーズを取って疾走を再開した。エネミーに【嵐刃】を飛ばしてMPを回復しつつ距離を維持する。
エネミーが追いかけてくるけど全部無視。攻撃をかいくぐってサイクロンエッジでショートカットを繰り返す。
前方で妖怪が両断された。
小夜さんの足が止まったことにほっとして駆け寄る。
「ひどいですよ、私を置いていくなんて」
小夜さんが勢いよく振り返った。信じられない物を見たかのように目を丸くする。
「ヒナタ。そなたついて来たのか?」
「はい。まだ妖怪の斬り方を教えてもらってませんから」
「驚いたな、ただの人間が私の速度についてこれるとは。そなたなら、あるいは」
「あるいは?」
「いや、何でもない。先程は妖怪の斬り方を教えると言ったが、この際だ。私の弟子になる気はないか?」
「弟子って忍者のですか?」
「ああ。もちろん無理にとは言わない」
今度は私が目を見張る番だった。展開されたウィンドウの文字が二つに一つを問うている。
まぎれもなくクエストだ。
クエスト中なのにまたクエスト? これはどういう仕様なんだろう。
わくわくしながら『はい』のボタンを押した。ついてくるように命じられて小夜さんの背中を追いかける。
つれていかれた先は山。頂上を介して反対側のふもとまで下りてきたらクリアだ。
一筋縄ではいかない。
この山は訓練の意図で様々なトラップが設置されている。中には命にかかわる物もあるらしい。
ゲームの中だから死にはしないけど、HPが0になったらきっとアイテムをロストする。私が死に戻る間に誰かが回収したら面倒だ。
覚悟を決めて坂にブーツの裏をつけた。念のため武器を構えて視界の悪い中を歩む。
早速風切り音。反射的にかがんだ私の頭上を何かが通り過ぎた。
ギロチンだ。
ってギロチン!? 本当にやる気まんまんじゃない!
これ実は私を消そうとしてない? 秘密の任務を知ったから口封じしようとしてないよね小夜さん!
芽生えそうな不信感を抑えつつ先を急ぐ。
トラバサミ、毒矢、他にも殺意増し増しの罠をかわしては肝を冷やす。
何とか頂上にたどり着けた。
設置された台座の上にはロープ。先端にはかぎ爪のような器具が備えつけられている。
このかぎ縄は頂上を通過した証だ。しっかりポーチに収めて下山を試みる。
下りには別種類のトラップが仕掛けられていた。斜面を転がる丸太や落とし穴。種類も豊富で全ては避け切れない。
アイテムの持ち込みは不可。そこら辺に生えている薬草がなければとっくに三回はリスポーンしている。
でも結構な距離を下った。ふもとまでもう少しのはずだ。
期待して藪を抜けると紫の霧が漂った。
「これ、まさか」
ハッとして見渡すと大きな一つ目の人型が立っていた。
妖怪いるじゃない! 妖怪を倒すための修行中なのに!
「ヴェアアアアアアアア!」
巨大な顔が迫る。
反射的に前に出た。
すれ違いながらの斬りつけ。無意識に出ただけの、妖怪には当たらないはずの攻撃。
それがどういうわけか、妖怪の体から赤いヒットエフェクトが散った。
「あれ」
攻撃が当たる。
即座にスキルを発動した。雷鳴とともに駆けて妖怪の背後に突き抜ける。
妖怪がポリゴンと化して砕け散った。
「見事だ」
ザッと靴音が鳴る。
振り返ると小夜さんが微かに口角を上げていた。
登場が早すぎる。さては私をつけてましたね。
「小夜さん、妖怪がいるなんて聞いてませんよ。これは妖怪を倒すための修行だったんでしょう?」
「ああ。事実倒せたじゃないか。罠を回避するために感覚を研ぎ澄まし、体力と精神を追い詰めることでおのれと向き合う。そうすることで霊力はおのずと刃に宿るのだ」
よく分からない理屈だ。体育会系に通じるものがある。
まあ強くなれたならいっか!




