第79話
更新データのダウンロードをすませてログインした。
視界が色を取り戻すとそこはハウジングスペースだった。今回のバージョンから渋滞対策で各プレイヤーのハウジングスペースに召喚される仕様になっている。
ミザリのお店におもむこうとした時、頭上で羽ばたき音が聞こえた。
「こんにちはヒナタ」
あおいだ先には白いフクロウ。翼をはためかせて私の肩にとまった。
「エーファさん。どうしてここに?」
「精霊王がヒナタをお呼びです。しばらく時間をもらえませんか?」
「先約があるの。聞いてみるからちょっと待ってて」
コンソールを開いてミザリにチャットでうかがいを立てる。
すぐに了承の返事がきた。
ミザリの方にも精霊界からの使いが来訪したらしい。全プレイヤーに同じイベントが起こるのかな。
私は精霊界での合流を提案して転移した。
転移先の広場で待つこと数秒。見覚えのある魔女風のアバターが現れた。
二人で精霊王の待つ城に足を運んだ。玉座の間に踏み入ってライオン頭の人型に謁見する。
「ヒナタ、ミザリ。よく私の呼びかけに応じてくれた。早速だがアーケンの居場所が分かった」
「本当ですか」
「ああ。だが少々やっかいな場所にいてな。妖華という国があるのだが、そこには妖怪が住み着いている」
「じゃあ妖怪にアーケンの捕縛を協力してもらえばいいのでは?」
「それは無理だ。妖怪との交流はうまくいっていない。事実協力を要請したが知らん顔された」
それじゃ現地に乗り込んでも争いになりそうだ。
王様の言いたいことが分かってきた。
「つまり現地に行ってアーケンを捕まえてきてほしいってことだね」
「そういうことだ。引き受けてくれるか?」
「もちろん。アーケンを捕まえたいのは私も同じだからね」
「私もお手伝いします」
「感謝する。現在妖華では鬼なる存在の報告も上がっている。人を襲うと聞くからしっかりと準備してから向かってくれ」
「分かりました」
謁見を終えてグランブルク城を跡にした。広場の門をくぐってアスチック山の頂上に戻る。
ラティカに追加された乗り場に足を運ぶと大きな船が止まっていた。ブロックごとに分かれているのか、順番待ちが起こることなく船に乗ることができた。
船が港を離れた。風の推進力を受けてのっそりと進む。
風が気持ちいい。
潮の香りに包まれながら船に揺られていると、本当に旅行をたしなんでいる気分になる。
「妖華はどんな国なんでしょうね。妖怪や鬼がいるって話ですけれど、おどろおどろしい場所なんでしょうか」
「そうなるかもしれないね。私としては趣深い国であってほしいんだけど」
妖怪も鬼も私にとっては幽霊と似たようなものだ。そんなのが街をばっこするような国は嫌だ。
せっかくの和風なんだよ? 桜吹雪が舞う雅な国でいいじゃない。
期待と不安を言葉にしてミザリと交わし合う。
お友達とのおだやかな船旅。普段経験する機会がないから新鮮だ。
この時間を楽しみたい。
そう思わない人もいた。
「いつまでこうしてるんだ」
「船旅スキップできないのかよ」
他プレイヤーのつぶやきが波のざざめきに溶ける。
確かに何も起こらないのは確かに退屈かも。
そう思っていたら空が曇ってきた。
一降りしそうな空模様だ。新天地へ向けた船旅なのに幸先が悪い。
ドンと鈍い音が鳴り響いた。
「何?」
音が鳴ったのは下の方。船の手すりに駆け寄って海面を見下ろす。
うねるものがあった。
タコに似ているけど違う。青白くて、頭頂にひらひらしたものが映る。
イカだ。
それもとりわけ大きい。下手をすると船をひっくり返されそうだ。
下から触手がグッと迫って反射的に飛びのく。
青空を背景に触手が揺れた。海水にぬれたそれらがプレイヤー目がけて伸びる。




