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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第77話


 薄暗い建物の中、静まり返った空間に自分の靴音だけが響き渡る。


 左胸の奧がバクバク鳴り響く。


 本能が理解しているんだ。これから待つものがろくでもないものだと。


 逃げたい。


 しかし背を向けても地獄だ。あの人は裏切り者を許さない。召集の命に逆らえば地の果てまで追ってくる。


 そういう人だ。


 そういう鬼畜だ。


 大きな扉の前にたどり着いた。通路まで毒々しいからラスボスが待つ最奥の部屋じみている。


 俺は生きてここを出れるだろうか。


 意を決してとびらをノックする。


「入れ」


 氷のように冷たい声色が響いた。俺は深呼吸してとびらを押す。


 ギィィといった音に遅れて扉の向こう側が露わになる。


 仮面の男性と目が合った。


 マスケラだったか。ニーッと笑うような仮面が薄気味悪い。赤の燕尾服えんびふくに彩られた装いはヴァンパイアじみた妖しい雰囲気を醸し出す。


 そしてその隣。


 存在感を放つ座椅子の上に、一際プレッシャーを放つ人影が乗っかっている。


 俺は足を止めて息を呑む。


「どうしたヤマダ、何ゆえそこに立ちつくす。座れ」

「は、はい!」


 声が裏返った。


 微かな羞恥をよそに周囲を見渡す。


「あ、あの、チェアはどこに」

「面白いことを言う。ここにチェアは一つしかないぞ」

「ですよね。それであの、俺はどこに座れば」

「チェアがなければ床に這えばよいではないか」

「ゆ、床」


 言葉に詰まる。


 冗談かと思って笑おうとするものの、正面に映るのは無表情。大真面目に言っているようにしか見えない。


「し、失礼します」


 悩んだ末にじゅうたんの上で正座した。


「ヤマダ、第二回イベントの出席ご苦労だった。結果をお前の口から聞きたい。素晴らしい戦果を聞かせてくれ」


 ひじつえをつきながらあごを上げて。見るからに結果を知っている態度だ。


 それでも自身の口で言えと言う。労基のある世界なら一発アウトだろこれ。


 すーっと深呼吸して重い口を開いた。


「結果は二位、でした」

「二位か。ランキング報酬がもらえてさぞ嬉しかろう。して、お前のブロックにはくノ一の小娘がいたそうだな」

「は、はい」

「優秀なお前のことだ、さぞいたぶってやったのだろう。くやしがる顔を直に見たかったがこの際ログで我慢する。キルした証をオレに見せてくれ」

「そ、それは、その」


 やべー絶対怒られる。


 言いよどむ間に、細い首がぐいーっと反対側にかたむけられた。


「どうしたヤマダ、クランリーダーが待ちわびているぞ。早く戦果を見たいなぁ」

「す、すみません!」


 プレッシャーに耐え兼ねて頭を下げた。


「どうして頭を下げる。オレはログを見たいと告げたはずだが、これはアレか。お前を委縮させたオレが悪いのか?」

「い、いえ! めっそうもございません!」

「ならば胸を張れ。証を示し、オレにお前を褒めさせてくれ」

「実は、キルはできませんでした」

「何だと? つまりお前は、オレの命を果たせなかったどころか首位すら奪われたと言うのか」

「おっしゃる、通りです」


 おそるおそる顔を上げる。


 あれ、意外と無表情。


 怒りにまみれた顔を想像していたからあっけに取られる。


「そうか、それは残念だったな。予想以上にあの小娘が実力をつけていたということか。すまなかった、こちらの采配ミスだ。オレも参加して万全を期すべきだった」


……あれ。


 謝罪? 俺は今謝られたのか、あのザンキさんに。


 これ、もしかして怒られない流れじゃね?


 重く沈んでいた心がぶわっと浮き上がった。


「いえいえ、そんなことありませんよ。でもまあ、確かにザンキさんがイベントに参加していたらあんなくノ一楽勝でしたね! 絶対!」


 込み上げた抑揚に身を任せて口角を上げる。


 冗談交じりに告げて相手の罪悪感を払しょくする。そのつもりで告げて、息を呑む。


 無表情に徹していたクランリーダーの両目が見開かれた。


「ほう。要するにお前は、失態の責はイベントに参加しなかったオレにあると言いたいのだな」


 ま、まずい、失言した!


「ち、違います! 決してそんなことは!」


 ザンキさんがチェアから腰を浮かせた。


 一歩、また一歩と歩みが距離を縮める。


「オレは重要なクエストを進めていた。だからレイドボスのドロップ品を最大強化してお前に託した。第一回イベントでブロック分けに法則性を見出し、あのくノ一にかけた懸賞金の額を増やして他のプレイヤーにも狙わせた。それでは不足だったか? イベントに参加せずお前を責め立てるオレは果たして卑怯だろうか?」

「あの、いや、その」

「違うな? オレは卑怯ではない。そうだろう?」


 ザンキさんが足を止めてひざを曲げた。


 がんびらきされた目が真正面から俺を見すえる。


「は、はい! ザンキさんは卑怯ではありません!」

復唱ふくしょうせよ」

「ザンキさんは卑怯ではありません!」

「そうだな、その通りだ」


 ザンキさんが腰を上げて背を向ける。


 内心ほっと胸をなで下ろした。


「だが失敗の責は問われなければならない。ヤマダ、お前を班長のポストから外す」

「……はい」


 静かに拳を握りしめる。


 虚無ヴォイドは他のクランと比べて明確に組織じみている。


 班長は下から数えた方が早いものの、したっぱ相手に威張れないのはつまらない。


 何より幹部特権を手放すのが痛い。


 ザンキさんは廃課金者だ。金で買える装備は全種コンプリートしている。


 虚無の幹部は好きな時に好きなだけそれらを持ち出せる。


 さすがに売却できないようにロックはかけられているが、幹部になった瞬間装備だけならトッププレイヤーの仲間入りだ。高すぎて買えないあれこれを我が物顔で振るえる。レイドボスのゼルニーオがドロップする激レア武器もその経緯で入手した。


 降格すると自分で装備を整えなくちゃいけない。正直つらいぜ。

 

「そうだザンキさん。入団した時にあずけたマニーやアイテムは返してもらえるんですよね」


 虚無に所属するプレイヤーは、その時点で所持しているマニーやアイテムを一時的にあずける決まりだ。


 その行為に何の意味があるかは分からないが、俺は虚無のネームバリュー欲しさに首を縦に振った。


 最上級の装備を返納する以上は返してもらわないと活動できない。


「ああ、そうだったな。すずめの涙ほどだったが、確かにお前から預かっていた」

「はい。それを返してください」

「できん。残念だがそれらはたった今失われた」

「は?」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。


 相手の悪びれない態度が神経を逆なでする。


「失われたと言ったのだ。所属にあたっての契約書に書いてあっただろう」

「いや、読んでませんよ。あんな大量の文章まともに読むわけねえだろ! 大体たった一回の失態で、こんなのあんまりだ!」

「そう、あんまりだ。そのあんまりこそがこの世のことわりなのだ。人はたった一回の失敗で全てを失う。オレもそうだった。つまりオレの所業は世のことわりであって正確無比に行われるべきだ。当然だな」

「当然なわけあるかこの卑怯者がッ!」


 立ち上がって元来た道を全力疾走する。


 あずけたマニーやアイテムはこの際あきらめる。


 だが借りた装備はまだ俺が持ってる。それら全ては破格の性能だ。向こうがその気なら永遠に借りておいてやるぜ!


「ぐふっ!」


 突如息苦しさに襲われた。視界の下方で何かが伸びる。


 それは腕だった。


「な、んで。ここ、街の中じゃ」


 プレイヤーを攻撃できないはず。


 そんな疑問を発する前に意識が闇にのまれた。





「あの男は想像以上に使えなかったな」


 ザンキが人差し指で宙を引っかきコンソールを展開した。ヤマダの文字をタップしてクランから除名する。


 キルされたプレイヤーのアイテムやマニーは一部譲渡される。


 しかしザンキはクエストの進行で特別なアビリティを獲得している。キルされたプレイヤーはアイテムとマニーを根こそぎ奪われる。


 ヤマダは文字通り一文無しだ。


 燕尾服の男性が背後から歩み寄る。


「いやはや申しわけない。あの男中々に欲深くてお気に入りだったんですがね。おつむの方が足りてなかったようで」

「人遊びは程々にするのだな。ところでパテル、リーク情報だと新マップのクエストには対人の内容が組み込まれていたな」

「ええ。まだ全容は明らかになっていませんが、人と化け物の派閥に分かれて戦う形になるかと」

「進行中のクエストを踏まえると血で血を洗う争いになりそうだな。ちょうどいい。銀もくノ一も、目ざわりな連中は全てオレが潰す。この手でなぶり尽くしてくれる」


 ザンキが獣のごとく獰猛どうもうに笑む。


 誓いよりも宣戦布告に近い言葉は憎悪と喜悦きえつにぬれていた。


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