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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第75話

 

 みんな! 


 そう告げかけた口をつぐんだ。


 魔水晶を砕いて自動回復量は上がっているものの、MPはまだ回復し切ってない。


 今の私には援護すらできない。指をぎゅっと丸めてくやしさをこらえる。


 炎上したゴンドラが減速して迫る。


 両側に位置していたゴンドラが追ってくる気配はない。放っておいても脱落すると高をくくっているんだ。


 炎上するゴンドラがすれ違う。


「ちょっとどいて」

「え?」


 戸惑っていると炎からシルエットが浮かび上がった。


「わわっ!」


 反射的に小さく飛びのく。


 一つの人影が私のゴンドラに飛び乗ってきた。操縦者を務めていた軍人風な装いの少女だ。


 自然と口角が浮き上がった。


「ルイナさん無事だったんだね!」

「ええ。操縦席の足元で丸まってたから何とかね」


 ゴンドラはずっと真っ直ぐ走っていた。並走するだけならハンドルを切る必要はない。


 ゴンドラは破壊不可。物陰に隠れていれば魔法の直撃は避けられる。追撃の手が収まるまで隠れてたってことか。


 ルイナさん頭いいなぁ。


「残るゴンドラは私たち含めて三艇さんてい。距離を保てば三位は固いけれど、どうする?」


 前の二艇は一位を狙っている。


 私たちを狙って下がればもう片方に出し抜かれる。そんなリスクをおかしてまでちょっかいはかけてこないだろう。


 三位入賞でもランキング報酬はもらえる。


 二対四対四。私にかけられている懸賞金を考えると実質二対八だ。何をどうやっても人数不利になる。


 脱落したら参加報酬しかもらえない。リスクを背負ってまでトップ争いに参加するメリットは薄い。


 それらもろもろを踏まえた上で口を開いた。


「せっかくのレースだもん、狙うならトップでしょ」

「なら仇討かたきうちと行きましょう。ちなみに作戦はあるの?」

「ない。正面突破」

「くノ一らしからぬ発言ね」


 苦笑する私の前で光の粒が収束する。


 ルイナさんの手元に一丁のライフル銃が構成された。


「銃を使うんだ。ルイナさんって魔法職だよね?」

魔巧師マギクラフトよ。魔法銃を好んで使ってるの」


 魔法職の銃か。アイセって色んな武器があるんだなぁ。


 カチャ、シュコ、シュコ、ジャキッ。


 軽快な音をBGMにしてリロードが行われた。


「正面突破もいいけれど、まずは漁夫の利を考えましょう」

「トップ争いを始めたら加速すればいいんじゃない? 彼らは私たちに気づいてないみたいだし」

「いいえ、おそらく気づいているわ。ログを見れば仕留め損ねたことは一目で分かるもの。今はMPが枯渇しているから大人しくしているのよ」

「ああ、そっか」


 私の生存に気づいているなら、先程襲撃をかけてきた四人の脱落も知っているはず。MPを使い果たしても問題ないと踏んで総攻撃をかけたってことか。


「ルイナさんはそういう駆け引き慣れてそうだね」

「普段対戦型ゲームをやっているから、その手の思考に覚えがあるの」

「心強いよ。話の続きだけど、向こうはもう私たちのこと眼中にないって認識でいいの?」

「ええ。この期に及んで狙ってくるような連中ならそもそも序盤の内に仕掛けてきたはずよ。でも彼らはそうしなかった」

「順位に執着があるってことかな」

「そういうこと。きっと前のゴンドラは互いのことしか見ていない。私たちが二対八の構図を嫌って三位にあまんじると思っているはず」

「じゃあその油断を突くしかなさそうだね。一つ案を思いついたんだけど聞いてくれないかな」

「もちろん」


 私は思い浮かんだ作戦を口にした。


 ルイナさんの了承を得て準備に取りかかる。





「そろそろ来るな」


 つぶやいて横目を振る。


 並走するのは一艇のゴンドラ。一位争いをする相手だ。


 彼らの周りには魔水晶のきらめき。MP回復を速めて決戦に備えているのがうかがえる。


 俺は例のくノ一をキルできなかった。成果なしで帰ろうものならザンキさんに何をされるか分かったものじゃない。


 懸賞金は欲しかったが仕方ない。ここまで来たら一位を取るのみだ。


「お前ら、気合入れて行くぞ!」

「お、おう。急にどうした」


 戸惑いの声が続く。


 乗り合わせた三人は今回知り合った面々だ。背負っているものがないからか本気度合いの差を感じる。


 こいつらだって一位は欲しいはずだ。心配しなくても全力を尽くす。


 MPが全快して俺は手の開閉を繰り返す。イベント前にあらかじめ決めておいたハンドサインだ。


 他のメンバーも同じハンドサインを出した。


 全員のMPが全快した。


 後は不意を打って先制攻撃を決めるだけ――。


「おわっ⁉」


 仲間が岩のかたまりを顔面で受けて水に落ちた。


 並走しているゴンドラからの先制攻撃だ。


「お前ら! 不意打ちなんて卑怯だぞ!」

「どの口が言う! さっきハンドサインかましてたろうが!」


 チッ、ばれてたか。談合の時に手札を明かしすぎたな。


 こうなったら仕方ねえ。


「撃て、撃て!」


 俺も杖を握って魔法合戦に臨む。


 魔法の撃ち合いで勝つコツは装備を整えることだ。


 知識や技術は二の次。MPとINTを上げて相手より速く多く魔法を飛ばす。それだけでいい。


 何せアイセは他のゲームと比べてリアルに近い。


 被弾すれば一瞬動きが止まる。当たりどころによっては転倒や武器を落とす副産物もある。攻撃は最大の防御になり得る仕様だ。


 そのためにアバターのレベルを上げた。必要なスキルも整えた。ザンキさんから廃人ご用達の最大強化レア装備を貸し与えられた。


 プレイ時間と資産がものを言うRPGにおいて、最強のクランに属する俺は最強の中間管理職だ。


「バッチバチに燃やしてやんよ!」


 詠唱短縮のスキルを用いて早いサイクルで魔法を連発する。


 全然MPが減らない。


 やっぱすげえこの杖。レイドボスがドロップしただけあってとんでもない性能してやがる。

 

 一人水ポチャしたのは痛手だがこれは勝てる。いけるぜ。


「ん」


 後方で音が鳴り響く。


 振り向くと一艇のゴンドラが距離を詰めてきた。


「なっ⁉ お前らどうして!」


 何故トップ争いに乱入してきた? そんな問いが銃口を向けられて頭の中から吹き飛ぶ。


 ログを見れば一発だ。あの二人が生きているのは分かっていた。


 だが参戦してくるとは予想だにしなかった。


 くノ一は怪しげな雷の武器を持っている。仕留めきれなかった時のリスクを考慮して懸賞金の話を声高らかに広めた。


 懸賞金の話は本当だ。並走するゴンドラの連中もくノ一をヤりたいに決まってる。奴らは人数不利を嫌って三位にあまんじる、そう思い込んでいた。


 それがどうして今さら参戦する!


「やめろ俺たちを狙うな!」


 必死に声を張り上げる。


 これでは三対六。ハイパーつよつよロッドがあっても不利だ。


 くそ、どうしたら!


「狙われたくないなら私たちに協力して」


 まさかの共闘要請を受けて一瞬頭の中が漂白される。


 くノ一はキルしたい。だがこのまま挟み撃ちにされては脱落する。ランキングにすら入れないのは最悪だ。


 しゃくだが考えているひまはない。


「分かった! 協力しよう、協力だ!」

「ありがとう。そっちは引き続き魔法で攻撃して。私たちは反対側に回ってはさみ撃ちにするわ」

「了解だ!」


 くそ、何で俺が小娘の言いなりにならなくちゃいけねえんだ。


 くやしさをこらえて味方に声を飛ばした。気を取り直して魔法を連射する。


 幸いなのは、小娘二人の方に対した脅威はないってことだ。


 マギアクラフトの魔法銃の威力はINT依存。MDFが高いこの装備ならヘッドショットをくらっても耐えられる。


 残るくノ一のスリングショットは威力がひかえめで有名な武器種。MPを使い果たしても時間は稼げる。


 予定通りライバルの撃沈は十数秒で成った。


 後は消化試合だ。


 念のため追加の魔水晶を砕いておく。


「おい! あいつら加速したぞ!」


 仲間の一人が人差し指を伸ばした。


「安心しろ、俺にはこの杖がある。後は加速連打で俺たちの勝ちだ」


 連中がMPを温存して出し抜こうとするのは読めていた。


 さあ首位におどり出る時だ。俺は操縦席に腰かける。


 前のゴンドラ上でくノ一が左腕を伸ばした。


 俺はすぐさま頭を下げてゴンドラに隠れる。


 ゴンドラは破壊不能オブジェクト。魔弾もスリングショットもゴンドラの壁を突破できない。


 後は直線の道。ハンドルを握らなくても加速を連打すれば追い抜ける。


 勝った。


 このレース、俺たちがもらった!


 そう思った刹那、背後でバリンと砕けたような音が鳴った。


 何かと思って振り向くとビリッとした感覚。体から力が抜けて船床に伏す。


「な、なんだ、これは」


 視界の左上を見ると麻痺のアイコン。状態異常をかけられたようだ。


 でもいつだ。俺はゴンドラに隠れてたんだぞ? どうして麻痺なんかに。


「く、まずい……!」


 体が動かない。加速のパネルを押さなければいけないのに!

 

 操縦席に腕を引っかけた。加速の文字をにらみつけて必死に腕を伸ばす。


 届け、届け、


 届け……ッ!


 またパリンと音がした。青紫のエフェクトが視界を染める。


 麻痺の効果時間は短い。そして同じ状態異常は上書きできない。


 麻痺が解けた。腕が羽毛のように軽くなる。


 よし、これで――。


「ヤマダ」


 威圧的な声色を耳にしてバッと振り向く。


 どんよりとした闇を背景に男性が立っていた。二つの目がゴミを見るような目で俺を見下ろしている。


 ヒュッと息をのんだ。


「ザ、ザンキさん⁉ どうしてここに!」

「ヤマダ、オレに背を向けるとは何事だ。ずいぶん偉くなったものだな」

「も、申し訳ありません!」


 あわてて頭を下げる。


 何で? どうしてここにクランリーダーがいるんだ! このイベントって途中参加ありだっけ?

 

 頭の中がてんやわんやして何が何だか分からない。


「何だヤマダ、二位なのか。オレが最強の杖を貸し与えてやったのにこの体たらくは何なのだ」

「も、申し訳ありません! 色々あって邪魔が入ったというか、それもこれもあのくノ一が――」

「バカ野郎! 何やってんだ早く加速しろ!」


 仲間が声を荒げた。


 俺はギクッとして顔を上げる。


「ば、ばか! ザンキさんにそんな口答えしたら……」


 言葉が続かない。


 鬼上司の体に仲間の体がめり込んでいる。


 こんな現象、ただぶつかっただけじゃ起こり得ない。


「幻覚!?」


 とっさに確認すると目玉のアイコン。あわてて操縦席に向き直ってイルカに加速を指示する。


 グッと加速するが時すでに遅しだった。


「いっちばーん!」


 くノ一が元気よく両腕を上げる。


 端正な顔立ちに浮かぶ笑顔は憎たらしいほどまぶしかった。


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