第73話
イベント当日を迎えた。私はアイセにログインして所定の乗り場におもむく。
相変わらずの人混み。レイドバトル実装日に負けないにぎわいで満ちている。
広場に運営のアバターが現出した。前回と同じ雲を模したそれがアナウンスを響かせる。
視界内が白一色に染め上げられる。
ゴンドラは一つの船にランダムで四人詰め込まれる。
出合ったその場の人と協力して勝利をつかむ。コミュニケーション能力が問われるイベントだ。
どんな人と一緒になるんだろう。
胸を高鳴らせる内に視界内が元の色を取り戻した。同じゴンドラに乗り合わせた女性プレイヤーに気づいてあいさつを交わす。
運転はMP量に自信のある魔法職が請け負った。私は雑談を交えつつ他三人の話を聞く。
MPを多く持つジョブが有利ということで全員魔法職を選んだらしい。
魔法で遠距離から攻撃できるのもイベントの内容にマッチしている。
SNS上でも多くのプレイヤーがその利点を発信していたようだ。盗人のジョブで参加した自分が恥ずかしい。
きっと他のゴンドラに乗り込んだプレイヤーも同じことを考えてる。
私にしかできないことをして差別化を図らないと。
「ではこれより第二回イベント水上レースを始めます!」
通路を塞ぐように長方形の特大ウィンドウが広がった。真ん中に3の数字が映し出される。
2、1。
0と同時にゴンドラがいっせいに前進した。加速したゴンドラ同士がぶつかり合って豪快に音を鳴り響かせる。
「きゃっ!」
かかった水の冷たさで声が出た。
他のゴンドラでは落水する人影も見られる。下手に立つとぶつかった衝撃で放り出されそうだ。
「これ前に出ない方がいいんじゃない?」
「そうだね。下手するとゴンドラがひっくり返るかも」
「ルイナ、減速して」
「了解」
運転手が減速をタップした。前を走るゴンドラとの距離が開く。
数秒して魔法が飛び交い始めた。ゴンドラからゴンドラへと色鮮やかなつぶてが行き来する。
ドボンドボンと音が連続した。私たちのゴンドラが広がる波紋とすれ違う。
「人影がなかったけど落ちたら失格なんだっけ?」
「ルール上は失格じゃないけど、仲間のゴンドラに戻るの無理だし街に転移したんじゃない?」
「なるほど」
泳ぐスピードなんてたかが知れる。水冷たいし、街に戻るのが精神衛生上いいのかも。
引き続き息をひそめて前争いを眺める。
ライバルの減るスピードが一気に落ちた。今までの攻防でMPを使い果たしたのか魔法もピタリと止んだ。
後方で物音が聞こえる。
振り返ると十のゴンドラが水上を走っていた。
「うそ、ずっと私たちより後ろを走っていたの?」
何で、なんて問うまでもない。序盤のぶつかり合いを読んで待機していたんだ。
スタートダッシュすらせず、虎視眈々と。
「いい具合に潰し合ってくれたなぁ。なあそこの女プレイヤー四人。俺たちと談合しないか?」
「談合?」
「そ。あらかじめ不戦の契りを交わして一緒にゴールしましょうってやつだ」
「いいんですかそれ。怒られちゃいそうですけど」
「単に協力しようってだけさ。リアルのスポーツでも相手選手の風よけをやったりするだろ?」
確かにロードレースなど一部の競技ではやるって聞いたことがある。
直接的ではないにしても、みんなで楽しようって考え方は同じかもしれない。
「プロの興行じゃねえんだ。ちょっとくらい手を組んだって誰も怒りゃしねーよ。それとも俺らを敵に回すか?」
近くで息を呑む音が聞こえる。
ゴンドラはざっと見て十艇。私たち四人で四十人を相手するのは無謀だ。
選択肢は一つしかない。
「分かりました。協力しましょう」
私は顔の微笑を貼りつけて応じた。
最初のイベントで一位が逃げたように、ゴールが近づくと誰かが裏切るのは明白だ。
いつ出し抜くか。その時までに考えておかなきゃ。




