第72話
「ゴンドラレース?」
「ヒナタ知らない? レイドボスのことは知ってたのに」
「ずっとレイドボスのことで頭がいっぱいだったから」
何せ人生初のレイドバトルだった。陸上の部活でも仲間と協力して試合に臨んだことはなかった。
数十人が一体のボスを相手に団結して立ち向かう。そんなことを聞いたら他のことは頭に入らなくなった。
だから私は悪くない、と思う。
「レースってことは、それが次のイベントなんだね。ゴンドラでレースなんてできるの?」
脳裏に浮かぶのはオールで漕ぐタイプの船。とてもレースなんてできるようなスピードじゃなかった気がする。
「MPを消費すると加速する特別性だってさ。今は乗り場も設けられてるからそこで練習できるよ」
「へえ、面白くなりそうだね。そういえばこの前やった勝負は一勝一敗で終わってたね。ちょうどいいからレースで決めようよ」
「言うね、まだゴンドラに乗ってすらいないのに」
「イベントだよ? レースなんだよ。白黒つけるならこれ以上の機会はないって」
「勝負ごと好きだねぇ。分かった、と言いたいところだけど難しいかなぁ」
「どうして?」
「プレイヤーはいくつかのブロックに分けられるんだよ。私とヒナタが同じブロックに割り振られるかどうかは運任せなの」
「なーんだ、じゃあだめか。でもレースは真面目にやりたいし今から試乗してくるよ。みんなはどうする?」
「私はパス。元々レイドやったら落ちるつもりだったから」
モンシロに続いてミザリとサムライさんもパス。
私は一人ゴンドラ乗り場に足を運んだ。NPCと言葉を交わして木製の船底に靴裏をつける。
特別なゴンドラに漕ぎ手はいない。
レース本番での漕ぎ手は自分だ。操縦席に腰を下ろしてハンドルを握る。
光の粒が集まって大きなイルカを形作った。私の眼前に操作ウィンドウが表示される。
加速、減速、その他文字列の下に消費MPが記されている。
進行方向はハンドルを切って指示するみたいだ。キュッと鳴いて応じるイルカが実にかわいらしい。
後ろからゴンドラがすれ違った。見るからに魔法使いな様相のプレイヤーがどんどん前に進んでいく。
負けじと加速を選択した。ぐんと慣性が強まって前を走るゴンドラに迫る。
それも加速の効果が見られた間だけ。繰り返す内にMPが尽きて加速できなくなった。一足先に前を走るゴンドラが右の道に消える。
MPは自動で回復するものの、最初に持っているMPの量で加速回数に差がある。どうやっても追いつけないのは自明の理だ。
あれ。
もしかしてこのレース、MPに振ってない私は不利なんじゃ。
コンソールを開いてイベントの詳細を確認する。
ゴンドラが破壊不可な一方でプレイヤーへの攻撃妨害は許される。他人のゴンドラを乗っ取ることもできるらしい。
中々アグレッシブなレースになりそうだ。




