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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第70話


「エネミーにバフかかっちゃいマシたよ⁉」


 バフが角の成長という形で可視化された。心なしか、体に散りばめられた星々が暗い輝きを帯びたように映る。


「MP回復して! 来るよ!」


 揚羽の号令が大きな足音にかき消された。大きな足の周りで雑草が生い茂る。


 成長した雑草がつぼみを実らせる。


 秒とせず花開いたそれは捕虫葉。


 今回の場合は捕人葉と言うべきか。伸びた茎が蛇のように地面を這う。


「うわ来た!」

「タンク! ターンク!」


 タンクは不人気らしい。明らかに数が足りていない。


 盾持ちの補助を受けられなかったプレイヤーが食人植物と相対する。


 私たちも加勢したけど中々茎を切断できない。


 その間もゼルニーオが動く。よそ見をしていたプレイヤーが一人、また一人と力尽きる。


 足並みそろった動きは見る影もない。目的を同じくした戦闘集団は、自分の身を守るのに手いっぱいな素人の集まりに堕ちた。


 私も立て直しを図ってはいるけど、そろそろ蘇生アイテムが尽きそうだ。


「このままじゃ――」


 全滅する。

 

 その言葉が口から飛び出る前にガサッと葉の擦れる音が鳴った。


 振り向いた先で丸っこい影が連続する。


 最後に出てきた巨体がどしんと地面を踏み鳴らした。


「この土地はおいらたちの縄張りだ! 冒険者だけにいい格好させてらんねえぜ!」

「オヤビン!?」


 何でここに。


 いやずっとあの木彫りを見張ってたし参戦してもおかしくないけど、まさかレイドボスとの戦いに乱入してくるなんて。


 他のプレイヤーもオヤビンたちを見て目を丸くする。


 巨体が気にした様子もなく空気を吸い込んだ。


「おいらたちが注意を引く! お前らはその間に体勢を整えな!」


 行くぞ野郎ども! 


 その号令に小さなモグラたちがおーっ! と続けた。


 みんなの手にはスコップ。この戦いに備えて準備していたらしい。


 ともあれこれはチャンスだ。


「みんな! 今のうちに死んだ人を蘇生させるよ!」


 私は近くのネームタグに駆け寄ってポーチからアイテムを取り出す。


 他のプレイヤーも我に返って走った。


 横目を振るとさすがモンシロ。モグラたちに向けて攻撃と防御のバフをかけている。


 ネームタグが淡い光に包まれて次々と人型を取り戻す。


 状況が整った頃には、小さなモグラが何体か戦線を離脱していた。


 モグラが戦う姿を見ても大半のプレイヤーはまごついている。乱入者が味方かどうか図りかねているようだ。


 クエストを進めていない人にとっては突如現れたモグラの群れ。状況の理解が追いつかないのは分かる。


 だったら私が両者をつなごう。


 空気で胸をふくらませて声を張り上げた。


「みんな! 私たちは背後からエネミーを攻撃しよう! モンシロは引き続きモグラたちの援護よろしく」

「おっけー」

「私紅一文字で弱点作りマス」

「お願い」


 サムライさんと肩を並べて地面を蹴った。


 オヤビンとゼルニーオの迫力あるぶつかり合いをしり目にサムライさんが加速する。


 銀河を映すような体表に赤い軌跡が刻まれた。私は他のプレイヤーと混じって得物を振るう。


 時折うっとうしそうに放たれる強力な魔法で味方が消し飛ぶ。


 でも戦線は維持できている。


 オヤビンのタックルでゼルニーオが二度目のダウンを喫した。MPを惜しまずサイクロンエッジを使ってたたみかける。


 雷鳴に驚く周りの反応にも慣れてきた。少しでもダメージを与えるべく無心で腕を振る。


 新防具のインディーシリーズには、近接武器で攻撃した時に確率でMPを回復するアビリティがある。


 最初のダウンでは調子に乗って痛い目を見たけど同じてつは踏まない。相手の復帰に備えてMPを温存する。


 ゼルニーオが体勢を立て直した。離れ行く赤い軌跡に麻痺クナイを浴びせかける。


 連射が止まった。


 残るは幻惑クナイのみ。


 弾のセットを終えたタイミングでエネミーが大きく跳躍した。地面から伝わる大きな揺れが巨体の重量を知らしめる。


「最強は私! 私が、このゼルニーオこそが、世界の王と在るべきなのだッ!」


 大きなシカ頭が天を仰ぐ。


 辺り一帯が虹色の光を帯びた。虹色が吸い込まれるように大樹のごとき脚を上り、フィールドの縁から元の色を取り戻す。


 見たことのあるモーションだ。すぐに光の吸収を止めないと。


 幻惑クナイで止められるかな。


 止められなかったら大変なことになるんだ。どのみちやるしかない。


 発射口を角に向けてトリガーを引きしぼる。


 いくたもの魔法や矢が降りかかっても微動だにしない。成長する角の点滅が徐々に早まる。


 心臓が口から飛び出しそうな息苦しさに耐えて、右手を左腕にそえる。


 ショートカットアクションでフュージョンバレットが発動した。青紫の柳葉形りゅうようけい螺旋らせんを描いて突き進む。


「ぐうッ⁉」


 うめき声に遅れて角が青紫の光を帯びた。太い首が左右に揺られる。


 シカの頭部がバッと仰いだ。


「ディカーン! おのれ、何故ここにいる⁉」


 視線の先には自身の結界が広がっているだけ。精霊王なんてせの字もない。


 気づけば角の点滅も消えている。精霊王に対する警戒で魔法の発動がおろそかになっているみたいだ。それだけこの前振り落ちた一撃がトラウマになっているんだろうか。


 幻覚が効いた。


 その事実を目の当たりにして、胸の奥でじんわりと熱いものが込み上げる。


 弱点を見つけた高揚感にひたってもいられない。


 第二波を警戒してミザリに駆け寄る。


「ミザリ、クナイ型の弾尽きちゃったんだけど持ってない?」

「持ってますよ。そんなこともあろうかと用意してきましたから。どうぞ」


 眼前にウィンドウが浮かび上がる。


 威力型に麻痺、幻惑、他にも毒や属性クナイが最大数表示された。


 想像以上に種類と数があって戸惑う。


 事態は動いている。すぐに【受け取る】をタップした。


「ありがとう。この戦いが終わったら代金払うね」

「構いませんよ。むしろあげちゃいます」

「この前言ったでしょ。もうけは大切にしなきゃ」


 苦笑いしながら弾倉に威力特化型のクナイをセットする。


 流星群発動の挙動は再開されなかった。魔法攻撃が宙を飾って爆発音を響かせる。


 それらの攻撃は既知のもの。他のプレイヤーも危なげなく対処して攻撃を積み重ねる。


「人間ふぜいが、このゼルニーオにッ⁉」


 エネミーの体が大きくのけぞった。母なる大地にヘッドバットして地面をならす。

 

 手足が動かないのか、ゼルニーオが頭をもたげて角を光らせる。


 虹色の吸収が始まった。私は幻惑クナイに切り替えてトリガーを引く。


 先程見られた特殊ダウンは起こらない。総攻撃もむなしく巨体が上体を起こす。


 銀河を映す両腕が固定された。漆黒が集って禍々しい球体を成す。


 光が渦を巻いて呑まれるさまはさながらブラックホールだ。


「全てはひれ伏さねばならない、この精霊王の威光の前にッ!」

 

 大気が、地面が、何かにおびえるように振動する。

 

 やばい。やばいやばいやばい。嫌な予感を肌で感じる。


 胸の奥から伝わるバクバクに耐えて威力型クナイをセットする。


 エネミーのHPは風前のともしび。私の最強攻撃はサイクロンエッジだけどダガーの刃は届かない。


 だったらこれに懸ける!


「いっけええええええええッ!」


 クナイを全消費してフュージョンバレットを放った。


 十一個以上の消費は威力上昇に減衰が掛かるものの、この際四の五の言ってはいられない。これで駄目ならきっと全滅して終わりだ。


 螺旋を描く弾が頭部に命中して赤いエフェクトを散らす。


 黒い球体が弾け飛んだ。頭上に頂くHPバーが派手に砕け散って禍々しい巨体が身を反らす。


「偉大なこの私が、人間に敗れるというのか……ッ」


 禍々しい腕が天へ向けて伸ばされた。その手は何もつかむことなく光粒と化して宙に溶ける。


 リザルト画面に遅れて弾むようなBGMが流れる。


 祝うようなその旋律が、長い戦いの終わりを教えてくれた。

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