第65話
水着を購入した足で桐島さんのタワーマンションにおもむいた。
揚羽と宮嵜さんは別行動だ。ショッピングモールでやることがあるらしい。
めずらしい組み合わせだと思う。揚羽が宮嵜さんと言葉を交わすところはあまり見たことがない。せいぜいこの前アイセの話をした時くらいだ。モール内を練り歩いて感じ入るものがあったんだろうか。
何にせよ二人きり。
桐島さんと肩を並べてタワーマンションの床を踏み鳴らす。
改札口みたいな通路をパスして更衣室に入った。ロッカーに荷物を収めて、温かな照明を浴びながら新調した水着を身にまとう。
満を持してプールデッキに足を踏み入れた。
「おおー」
視界一杯にガラス張りが広がっている。
澄み渡った青空の下には無数の建物。この前エレベーター内で見下ろした景観が広がっている。水着姿で街を見下ろせるのはすごい解放感だ。ジャグジーや窓際に並ぶデッキチェアが高級感をかもし出す。
バーカウンターまである。トロピカルジュースを飲みながらデッキチェアに腰かけるだけで絵になりそうだ。
「外から見えちゃいそうだね」
「詳しいことは分からないデスけど、ここのガラスはマジックミラーみたいになってるらしいデスよ」
「ってことは私たちからしか見えないんだね。さすが高級マンションのプール」
誰にも見られないなら心置きなく遊べそうだ。
桐島さんが元気よく声を張り上げる。
「日向! 向こうまでクロール勝負しまショウ!」
「いいよ。でもその前にやることやらないと」
「やること? 腹ごしらえデスか」
「違うよ。準備体操だよ」
「真面目デスね」
「準備体操は大事だよ? しっかりほぐしても体なんて壊れる時は簡単に壊れちゃうんだもん。念入りにやっておかなきゃ」
「ヒナタに言われるとすっごくコメントしづらいデス」
「説得力あるでしょ」
「ハイ。パパやママに言われるより強烈にキマス」
苦笑いする桐島さんと準備体操にいそしむ。
特別走ったりするわけじゃないものの、ていねいに体操をしていると体がほてってくる。
桐島さんが小さく息を突く。
「準備体操しかしてないのに熱くなってきまシタ」
「血流がよくなってる証拠だね。楽しくなってくるでしょ?」
「準備で疲れたくないデース」
げんなりした桐島さんに小さく笑いを返す。
背筋を反らした拍子に天井が映った。吹き抜けになっている箇所から差し込む日光がプールの水面に降り落ちている。
まるで陽光のカーテン。水面をきらきらさせる様相は神々しさすらある。
あらためて考えると天に近い場所で泳ぐって変な気分。
さながら天界でたわむれる天女たち。なんちゃって。
「お待たせー」
気恥ずかしさを感じていると間延びした声が上がった。振り返った先ですらっとした水着姿が映る。
パレオだ。腰元から足首まで伸びる布が華やかさをかもし出す。それが格好良さの中にかわいさを付加して隙がない。
さすが読モの揚羽。すらっとした体形は同性の私でもあこがれる。
「ワーオ! 九条さんかっこいいデスね。モデルみたいデス」
「モデルだからねー」
揚羽が得意げに笑む。
髪型もパレオに合わせておしゃれにまとめ上げている。
私も揚羽にまとめてもらえばよかったなぁ。
「揚羽が着ると何でも様になっちゃうね。気後れしちゃうよ」
「ありがとう。でもヒナタだって水着すごくかわいいよ。赤を選んだ私に間違いはなかったね」
「ほめてくれるのはうれしいけど派手じゃない?」
私は自分の身を包む衣類を見下ろす。
ハイビスカスのお花を想起させる真紅のビキニ。最初は黄色を選んだけど、揚羽に強く勧められて赤色の品を購入した。
今考えると赤いのを買ってよかった。ガラスの向こう側で広がる空がきれいな水色だからいいアクセントになる。
でもやっぱり人前で着るのは気恥ずかしい。
そんなことないってと励まされる内に違和感を覚えた。
「ところで宮嵜さんは? 一緒に行動してたんだよね」
「え? あれ、いない」
揚羽が背を向けて元来た道を戻る。
「ほら、行くよ」
「ま、待ってください! そ、そうです、心の準備が!」
「そんなの水着を購入した時にすませたでしょうが! ここで見せなきゃ何のために買ったか分からないでしょ!」
通路の角から揚羽のおしりが出てきた。腰、肩、顔の露出を経て白い腕が映る。
おうとつのある体が現れた。
「えっと、宮嵜さん、だよね?」
いまいち確信が持てない。
だってすごい美人が目の前にいる。
さらっと流れるストレートヘアは見覚えがあるけど、隠れていた目元には長いまつ毛と大きな目がある。
波打った身体を彩るのはフリルのついた白いビキニ。
すらっとしてモデル然とした揚羽もスタイルがいいけど、宮嵜さんも別ベクトルでスタイル抜群だ。先程とは別の意味で感嘆の声がもれる。
「あ、あまり見ないでください」
視線が恥ずかし気に左へ逸れる。
自信なさげなその仕草に一種の安心感を覚えた。
「えーっと、何と言うか、すごいね」
「おめめパッチリデスね! かわいいデス!」
「でしょ? 顔立ちいいから絶対化けると思ったんだよー。でもあれだね、宮嵜さんは一人でプールとか海に行っちゃ駄目だね」
「ナンパされるよね絶対」
「そんなことないですよ。私地味ですから」
「そういう子ほど狙われやすいって聞くけどね」
宮嵜さんは内気だ。手慣れた人にグイグイこられた時のことを想像するとひやっとする。
でも内気だからそういった場には近づかないかも。
「とにかくこれで全員そろったね。二人も一緒に準備体操しよっか」
「えええええっ⁉ また準備体操するデスか⁉」
「楽しかったでしょ?」
細い首がブンブンと左右に振られる。
「楽しくないデス泳ぎたいデス泳ぎマース!」
「あ、ちょっと!」
桐島さんがプールに駆け寄った。立ち止まることなく床を蹴って水面をドボンと言わせる。そのままバシャバシャとバタ足を始めた。
「飛び込んじゃったね」
「うーん、まあ桐島さんは体をほぐしたし問題ないか」
今度は三人で体を伸ばす。さっきとは違った動きも交えて筋肉をほぐす作業を楽しむ。
いつの間にか桐島さんも参加していた。
「泳ぐのはもういいの?」
「ハイ。何かこっちの方が楽しそうデス」
「じゃあ最初からやる?」
「いえいえお構いなく!」
小さく笑って体操を終えた。プールの縁におしりをぺたんとつけて足先から水にならす。
「行くよーっ!」
ふくらませたビニールボールを放った。腰を落として右腕を振り、吹き抜けから降り注ぐ光に向けてボールを打ち上げる。




