第63話
じめじめした空気を突っ切って洞窟に踏み入る。
「オヤビーンどこにいるのー?」
声を張り上げても声は返ってこない。
試しにピッケルを取り出して壁の亀裂に打ち込んでみる。
以前なら態度悪くして歩み寄ってきたのに、今回は一向に出てくる気配がない。
待っていても仕方ない。洞窟の奥へと足を進める。
ロックイーターと戦ったポイントも通過して外に出た。ウータレンの樹木とすれ違って目的の姿を探す。
前方の広場に黒い背中が映る。
モグラが並ぶその奥には大きな背中があった。
「やっと見つけた。おーいオヤビーン」
丸っこい巨体が振り向いた。
「あれ、姐さん。じゃなかったヒナタさん。どうしてここに?」
「招待コードを渡そうと思って」
思わず足を止める。
がらんとした空間の奥に人型が鎮座している。
大きい。オヤビンだって相当な巨体なのに、それ以上の背丈がある。
巨人に見えるそれとの距離を詰める。
よくよく見ると樹木だった。人型をしているだけで動物じゃない。
「これ彫ったのオヤビン?」
「まさか。おいらたちもついさっき見つけたばかりですぜ」
「見つけた時からこうだったの?」
「そうっす。ずっとこの体勢で固まってやす」
「不気味だね。誰が何の目的でこんな物を設置したんだろう」
「さあ。ただ、ここで彫ったのは確定と見ていいでしょうね」
「どうして?」
「この彫像やたらと重いんすよ。おいらより腕力のあるやつがそうそういるとは思えませんし、ここで彫ったと考えるのが自然っす。まあ作業の音が聞こえなかった理由は分かりませんが」
見上げるほど大きく精巧な彫像だ。完成させるには相当な時間が掛かる。
ここには他のプレイヤーも足を運ぶ。作業の間誰にも見られなかったのは不自然だ。
それを踏まえると考えられる可能性は一つ。
「この彫像が自分でここに来た、とか」
小さな笑い声が上がった。
「ヒナタさんも冗談言うんですね。
「私冗談で言ったわけじゃないんだけど」
「またまたー。樹木が勝手に動くわけないじゃないっすか」
「動くよ樹木は」
少なくとも02を冠するナンバーズがそうだった。彫像に命が宿っていても不思議はない。
あっはっはと声が張り上げられた。
「まさか大真面目な顔で断言されるとは。一瞬本気で動くのかと信じちまいそうになりやしたぜ」
むっとしてオヤビンをにらむ。
オヤビンが視線に気づいて笑うのを止めた。気まずそうに目を逸らして口笛を吹く。
「それで、この彫像どうするの?」
「とりあえずは放置っすね」
「壊さなくていいの?」
「これだけ上手く作られた物を壊すなんてもったいないっすよ。もしかすると名スポットになるかもしれません。鑑賞料を取ればボロ儲けできるかも……うへへ」
私は呆れ混じりに目を細める。
湿地帯にする動物相手ならともかく、下手に他のプレイヤーに対してマニーを要求したら攻撃されかねない。
一応忠告した。
思いとどまったオヤビンにハウジングスペースへの招待コードを渡して、その日は私もログアウトした。




