第55話
Anomalyがぶつかった衝撃で扉がゆがんだ。サイクロンエッジでも壊すことはできず、奥歯を噛みしめてアーケンの捨てゼリフを聞く羽目になった。
施設にいても仕方ない。精霊界に戻って長老に報告した。
「そうか、アーケンは逃げたか」
「はい。力およばずごめんなさい」
「すぎたことは仕方ない。それでエーファよ、お主たちはこれからどうするのだ?」
「新たな研究施設を探そうと思います」
「場所に見当はついておるのか?」
「いえ、ですが改造生物の出現場所から候補は絞り込めております」
「ふむ。ちなみにその場所とは」
「ホアロ遺跡です」
「そうか。何にしても万全の準備を整えてからおもむくことだ。では私は失礼する」
シカの体が背中を向ける。
ふと預けた物を思い出した。
「そういえば長老。変化の妖玉の様子はどうなってますか?」
「少しは澄んだがいまだ穢れが残っておる。完全なる浄化にはもうしばらくかかるじゃろうな」
「そうですか。分かりました」
そう簡単にはきれいにならないか。クエストが完全に終わる頃には使えるようになるのかな。
長老の背中が木陰に消える。
私はエーファさんに誘われてウサギの精霊と会った。工作が得意らしく、魔水晶を使ったネックレスを作ってくれるそうだ。
魔水晶には一定範囲内の魔素を活性化させる作用があるらしい。砕くと範囲が広がる代わりに時間経過で効力を失うのだとか。
MP回復速度が高まると考えていいのかな。
使い道を考える内にネックレスが完成した。もふもふの腕がエーファさんの首にかける。
魔素濃度の高い精霊界ならエーファさんは言葉を話せる。魔水晶で魔素を活性化させて、疑似的に精霊界にいる状態を再現する仕組みだ。
その試みはうまくいった。精霊界を出ても言葉を発せてエーファさんはうれしそうだった。
私は早速次の目的地に向かった。
海底洞窟ではしてやられたけど次こそは捕らえてみせる。内心意気込んで地面を駆けた。
改造生物があっちこっちで見られる。
出くわす頻度が上がってる気がする。破棄された研究施設から逃げ出した個体だろうか。
あの施設は海底洞窟にあった。泳げない個体は出られないはずだけど、アーケンはあの場所からどこかに逃げた。地上に通じる道が隠されていたとしてもおかしくない。
改造生物目当てのプレイヤーもちらほら見られる。
「見て、あのフクロウかわいい」
「肩にとまるフクロウなんているんだー。どこで飼えるんだろ」
「なあ、そのフクロウどこで捕獲できるんだ?」
うらやむ声を後方に流す。
今は会話する時間も惜しい。アーケンは逃げたばかりだ。まだ大した備えはできてないはず。
相手の迎撃態勢が整う前に叩く。そのために可能な限り早く拠点を見つけ出さないと。
「おい無視すんなよ!」
視界の隅が明るみを帯びた。反射的に足を止めた私の前で地面が爆発する。
振り返った先で男性プレイヤーが目を丸くする。
「あれ、イベント三位のくノ一じゃん。確か一位の卑怯者が賞金かけてたよな」
「ちょうどいい。ついでに入賞アイテム奪ってやろうぜ」
「レア度specialのアイテムって奪えたっけ? まあ賞金は欲しいしやるけどさ」
男性たちが武器を構える。
面倒な人たちに絡まれちゃった。逃げようにも魔法の追い打ちが容易に想像できる。
「今いそがしいの。見逃してくれないかな」
「断る」
仕方ないなぁ。
鞘からダガーを引き抜いて距離を詰める。
幸い相手との距離は離れていない。杖を構えるプレイヤーに駆け寄って腰をひねる。
雷を想起させる轟音が空間を駆けめぐった。
宙に溶けるきらめきを横目で確認する。
「……は?」
「一体何が」
戸惑う二人をよそにスリングショットで狙いをつける。
クナイを連射して一人に幻惑をかけた。
「う、うわあああああっ!」
「おわっ⁉ 何をする、やめるんだ!」
状態異常にかかったプレイヤーが声を裏返らせてもう一人に攻撃する。
ポーチからビンを取り出して中身を飲み干した。残り二人が直線状になるように回り込んで雷鳴とともに駆ける。
あっけなく勝負がついた。目の前を飾るウィンドウがドロップアイテムの名前を連ねる。
全部見覚えのあるアイテムばかりだ。
つまらないの。
「あのダガーすごくない?」
「何か雷出てたな」
他のプレイヤーは戸惑っている。新手を警戒したけどその心配はなさそうだ。
ギャラリーに背中を向けて目的地へと急ぐ。
最初のポイントに到着した。がらんとしたスペースを隅々まで駆け回る。
研究施設につながりそうな痕跡はない。次のポイントを目指して足を速める。
次もその次も外れ。アーケンのあの字もない。
「おかしいですね」
「何が?」
「以前下調べした時と物の配置が変わっています。明らかに何者かが入った痕跡があるのに何も置かれていない。これは不自然です」
「アーケンがここに来て何かを回収したってこと?」
「分かりません。少なくとも回収して去ったということは、ここが危険だと察知していたことになります」
「セーフティハウスならここに拠点を構えるはずだもんね」
私はハッとして息を呑む。
まさか情報がもれてる?
私たちは精霊界でしか作戦会議をしていない。先回りするには精霊界に潜んでいないと不可能だ。
精霊界に裏切り者がいる。
でも誰が、一体何のために。




