第54話
「何で⁉」
MPがゼロ! これじゃスキルを使えない!
ハッとして地面を蹴った。砲弾とすれ違ってエネミーとの距離を稼ぐ。
MPが減る状態異常には掛かっていない。他にMPが減る要因にはサイクロンエッジしか思い至らない。
まさかサイクロンエッジを使ったから?
あの攻撃力を考えればコストが高く設定されていてもおかしくない。挙動を強力にする代わりに全てのMPを消費する仕様に変わっていたのかも。
とにかくMPを回復しなきゃ。
ポーチからMPポーションを取り出して中の液体を口に含んだ。試しに半分ほどMPバーを回復させた状態で腰をひねる。
スキルが起動してエネミーの最後尾まで瞬間移動した。
エネミーはまだ残っている。雷の音もこの前聞いたものより小さい。やっぱり威力は下がっているみたいだ。
もう一度逃げ回ってMPを回復する。
何度かサイクロンエッジを繰り返してエネミーを全滅させた。
「やっと終わったぁ」
へなへなと地面の上にへたり込む。
ワンミスが命取りだから無駄に精神力を使った。設備が邪魔で走っても気持ちよくなれない。
でも余裕がある時にサイクロンエッジの仕様を知れたのはよかったかな。
「大丈夫ですかヒナタ」
「うん、大丈夫」
ひと休みして地面からおしりを浮かせた。手でぱんぱんと軽くほこりを落として足を前に出す。
いくつかアイテムを使ったけどまだ予備は残ってる。
今行くよアーケン。ちゃんと落とし前はつけてもらうから。
歩みを進めた末に清潔感のある扉が映る。
今までの扉とは明らかに違う。この先にアーケンがいるのかな。
「中々やるもんだねぇ」
ネットリした声が響き渡った。
周囲を見渡すものの人影はない。魔法か何かで語りかけているんだろうか。
「あなたがアーケン?」
「いかにも。ボクがアーケンだ。君はヒナタさんでいいのかな?」
「どうして私の名前を知ってるの?」
「さあ、親切な誰かが教えてくれたんじゃないかなぁ」
いちいちねっとりしたしゃべり方をする人だ。
親切な誰かなんて、そんなの私が信じると思ってるのかな。
「あなたどこにいるの? 今すぐ会いたいんだけど」
「その手には乗らないよ。ボクにはまだやるべきことがあるんだ。悪いけどここでトンズラさせてもらうよ」
逃げる気? そうはさせないんだから。
前方にある扉に駆け寄る。
扉は手で開くまでもなく左右に退いた。部屋の奧で触手が揺れる。
入り江で戦ったタコと違って生理的な嫌悪感はない。淡く水色に光るクラゲが優雅に宙を泳いでいる。
敵地にいることも忘れて立ち尽くす。
「きれい……」
まるで澄んだ湖を体内に宿しているみたい。室内が薄暗いから星雲のように神秘的だ。
うっとりした刹那、クラゲの体が傾いて、ロッドを手に持つ上半身が映る。
「……前言撤回」
美しいと思ったのがバカらしくなった。
クラゲの上半身から人の胴体が生えている。筋肉質な上半身の肌は青白く生気に欠ける。
そして何より頭部がない。美的感覚を裏切られて後ずさりする。
気持ち悪い。
なんで上半身だけ人間。 人間とクラゲをくっつけたってこと? アーケンって人はどれだけ悪趣味なの!
「君の相手はその子がするよ。じゃあね」
クラゲがゆらりと向きを変えた。触手の先端に小さな電光が走る。
「ヒナタ、まずは目の前の敵に集中するのです」
「分かってる」
ダガーを鞘から抜き放って腰を落とす。
『ME03 Anomaly』を冠するエネミーが半透明の触手を打ち鳴らす。
一回、二回。
三回打ち鳴らされた時のことだった。閃光が視界内を白く染め上げる。
「まぶしっ!」
反射的にまぶたを閉じた。
エネミーが前にいる。長時間目を離すのは自殺行為だ。
すぐに目を開ける。
大きなクラゲが消えていた。
「どこに行ったの?」
周りを見渡す。
いつの間にかエネミーの姿が後ろにあった。一本の触手がぬっと迫る。
「え――」
エネミーを正面に据えていたのに、何故か衝撃は背中から来た。ブーツの裏が地面を離れて浮遊感に包まれる。
背中を地面に打ちつけられて息が詰まった。即座に起き上がって室内全体を視線で薙ぐ。
部屋には私とエネミーだけ。不意打ちしてきたはずの第三者は存在しない。
「どういうこと?」
つぶやいて左上の違和感に気づいた。
この不気味な目のアイコンは、確か。
「幻惑の状態異常? 一体いつ」
先程触手から発せられた閃光が脳裏をよぎる。
あの時状態異常に掛かったからAnomalyの立ち位置を誤認したってことか。
もしそうなら私が今見ている姿は幻? それとも本物?
とにかく状態異常を治さないと。
「任せてください」
白いフクロウがパタパタと下りてきた。肩にとまって詠唱を始める。
視界内から幻惑アイコンが消失した。
「エーファさんって魔法使えたんだ」
「言葉を話せる今なら詠唱できますから。これで幻に騙されることはないでしょう」
「助かるよ。ありがとう」
エネミーの行動を注視しつつポーションを飲み干す。
体勢を立て直してまず一発。雷が地面をうがったような音が響き渡る。
再度走る私をよそに、クラゲから生えた上半身がロッドを振るった。球体が地面にぶつかるなり緑色の煙を放つ。
今度は毒。
これもエーファさんに解毒してもらった。得物のアビリティでMPの回復を図り、隙を見てサイクロンエッジでまとまったダメージを叩き込む。
麻痺、毒、幻覚、睡眠。色んな状態異常をかけられてはエーファさんが異常を解除してくれる。
それでもやっぱりわずらわしい。
特に麻痺や睡眠をかけられた時は危うく死にかけた。エーファさん抜きだったら何回リスポーンしていただろう。
今まで便利だから麻痺クナイや幻惑クナイを使ってきたけど、私実はいやらしい子だったのかもしれない。
Anomalyがロッドを振るって魔法陣を展開する。
道中で見た改造生物が召喚された。状態異常に掛かったら袋叩きにされそうだ。
でも相手の挙動は覚えた。
一度見た攻撃はもう受けない。複数のエネミーにヒットさせることを心がけてサイクロンエッジで駆け抜ける。
巨大なクラゲがぐらついて奥の扉に激突する。
視界内にリザルトウィンドウが浮かび上がった。一息ついて右肩に笑みを向ける。
誰かと一緒に探索するのは気が楽だ。みんなパーティを組みたがる理由がよく分った。
「エーファさん、サポートありがとう」
「どういたしまして」
肩にとまっているフクロウと笑みを交わして軽く健闘をたたえ合った。




