第51話
「サムライさん!」
「助太刀いたすデスよヒナタ」
「ありがとう!」
私はサムライさんに背を向けて元来た方角に走る。
迫る枝の先端を避けて回り込むように移動する。
相変わらずSlientの背後は取れないけどこれでいい。位置取りに気をつけないと、私を狙った攻撃がサムライさんに当たるかもしれない。
視界内にサムライさんの背中を収めて、スリングショットの照準をエネミーに合わせる。
狙うはSilentではなく、私に背中を向けているカバだ。
状況は二対二。一体ずつ担当する手もあるけど、下手にエネミーのHPを削るとどんな行動を起こすか分からない。
だったら一体に集中攻撃した方がいい。幻惑クナイでカバを攻撃しつつ、我を見よとばかりに振るわれる枝のムチをかわす。
よくよく見るとサムライさんの装備が変わっている。私が成長しているように彼女もアップデートを満喫しているようだ。
赤い軌跡が消えた頃合いになってカバがうろちょろした。サムライさんが好機と言わんばかりに紅一文字を放つ。
すぐに麻痺クナイをセットする。
麻痺と幻惑の発動に必要な蓄積値は同程度。さっきと同じベースじゃエネミーが麻痺する前に赤い軌跡が消える。
それならさっきよりも上手くやる。
エネミーの動きには目が慣れた。マシンガンスリンガーには連射機能が搭載されている。
最小限の動きでかわしつつ連射機能を用いれば、さっきよりも早く状態異常をかけられるはずだ。
カバの体に麻痺のエフェクトが現出する。
すかさず威力重視のクナイに切り替えた。紅一文字のエフェクト目がけてパワーショットを連射する。
金色のヒットエフェクトをまき散らしてカバがきらめきと化した。
「ナイスデス! 腕は鈍ってないようデスね」
「もちろん」
あらためて改造生物に向き直った。サムライさんの紅一文字を起点に二人でたたみかける。
Silentが腕を打ち合わせた。枝にググッと力が込められる。
「え」
戸惑いが言葉になってこぼれる。
枝が自身の幹を殴り始めた。思わずきょとんとして立ち尽くす。
「な、何をしているんデス?」
「さあ?」
一際強い打撃音が響き渡る。
ボコッと嫌な音が鳴り響いた。幹からこぼれた赤紫の液体が上から下へと樹皮をなぞる。
息が詰まる感じを覚えた刹那、左上にあるHPバーが減り始めた。
「何これ」
「スリップダメージデスね。状態異常がないところを見るに、エネミーの特殊行動でしょうカ?」
「要するにHPが尽きる前にあの木を切り倒せばいいってことね」
だったら話は速い。
本格的に距離を詰めてダガーで切りかかる。
枝先が割れた幹の中に消えた。引き抜かれた腕が振るわれてしぶきを飛ばす。
反射的に右腕で受ける。
視界の左上に毒アイコンがつけ足された。スリップダメージもあいまってHPがメリッと削れる。
「気をつけて。このエネミー毒撒いてくる」
「了解デス」
すぐにキュアポーションを飲み下した。ついでHPも回復するべく別の液体も口に含む。
……あれ。
「サムライさん! ポーションを飲んでもHPが回復しない!」
「なんとっ!」
回復できない上にスリップダメージ。これじゃいずれHPが尽きる。
エネミーから離れればポーションの効力は戻るのかな。
でも仮に戻らなかったら私たちはリスポーンする。クエスト失敗になったらどうなるんだろう。
選択は二つに一つ。
逡巡して声を張り上げる。
「サムライさん、HPが尽きる前に削り切ろう!」
「OKデス!」
離れたところでスリップが止まるかどうか分からない。
そんな不確実なことに懸けるならエネミーのHPを削り切った方がいい。
幸いエネミーの幹は今にも折れそうだし、このまま討伐できないかな。
枝の突きを交わして斬る。
なぎ払いを飛び越して撃つ。
左胸の奧がバクバクと鼓動を打つ。
私のHPが尽きるまであと数秒もない。本当に倒せるの?
早く倒れて、倒れてよ。
「倒れなさいってばあああっ!」
腰をひねってサイクロンエッジを繰り出す。
違和感。
これまでとの差異を感じ取った時には、私はエネミーを背にしていた。稲妻が地面をうがったような轟音が鳴り響く。
振り返った先できらめきが宙に溶ける。
眼前にリザルトウィンドウが表示された。
「何デスか今の技! すごいすごいデス!」
サムライさんが目を輝かせて走り寄る。
はしゃぐフレンドとは裏腹に私は首をかしげた。
「何だろ、自分でもよく分からないの」
さっき発動したのは、私が知っているサイクロンエッジじゃなかった。
手元に視線を落とす。
もしかしてこの武器のおかげなんだろうか。




