第48話
帰宅してシャワーを浴びる。
宮嵜さんとはあれから言葉を交わさなかった。大事な用件なら明日にでもまた声をかけてくるだろう。
パジャマに身を包んで自室に入った。ベッドの上で横になってゲームハードを起動する。
電子世界に戻ってきた。石だたみの地面を踏み鳴らしてミザリのお店に向かう。
エネミーとの戦闘で消費したクナイを補充する。そのために禍々しい店舗のドアを開け放った。
「いらっしゃいヒナタさん」
声色がピンポン玉のように弾んでいた。
「今日は機嫌がよさそうだね。何かいいことでもあった?」
「はい。学校であこがれの人とお話しできたんです」
あこがれの人か。
仮にミザリの中身が女の子だとして、相手は同じ学校の先輩かな。
もしかして相手は男子とか?
応援したくなっちゃう。
「あこがれの人ってどんな人?」
「きれいな人です。誰にでも優しくて、決めたことには一直線でまぶしいんですよ。それがまた格好よくて!」
口調がまた興奮する。
ミザリは本当にその人のことが好きなんだなぁ。見ていて微笑ましい。
「きれいな人ってことは中性的な人なんだね」
「中性的、でしたね。以前は髪も短めでしたし」
「今は違うんだ?」
「はい。足を怪我して陸上部を辞めてからは伸ばしてるみたいです」
「足の故障か。それは災難だったね」
しんみりした気分になる。
きっとその人も辛かっただろう。夢中になっていることが突然失われた絶望感は相当なものだ。ミザリの先輩もかなりのショックを受けたに違いない。
「そうですね。よほどショックだったみたいで、一時期不登校になってました。でも最近また笑顔が戻ってきたんですよ」
「それは一安心だね」
「はい、もうほっとしちゃいました。それで今日盗み聞きしちゃったんですけれど、その人アイセをプレイしているみたいなんです。思い切って今度誘ってみようかなーなんて」
ミザリが体の前で人差し指をつんつんさせる。
その様子が微笑ましくて口元が緩む。
「いいね。誘っちゃえ誘っちゃえ」
「でも私なんかが誘っちゃって大丈夫でしょうか? その人読モのお友だちもいて陽の者なんですよ? 今日だって私から声をかけたのに、変なところで会話を切り上げちゃいました。また話しかけて迷惑にならないでしょうか」
「そんなことないって。ミザリはずっと心配してたんでしょう? そのことを伝えたら、きっとその人も喜ぶんじゃないかな」
「そ、そうですか?」
「うん」
力強くうなずく。
この考えが正しい確信はある。ミザリの気持ちを知ってないがしろにするような人なら、そもそも誰かにあこがれられる資格はない。
「ヒナタさんがそこまで言うなら、分かりました。今度勇気を出してがんばってみます!」
ミザリが体の前で両手の指をぎゅっと丸める。
ここまでミザリに想われるなんて、一体どんな人なんだろう。
私も気になってきちゃった。
「私もその人に会ってみたいな。ね、もし仲良くなれたらその人紹介してよ」
「もちろんです! 特にヒナタさんとは絶対気が合うと思いますから。ヒナタって名前も一緒ですし、これは運命ですね!」
……ん?
んんんんんんん?
ヒナタ? ミザリがあこがれている人の名前が、ヒナタ?
すごい偶然。
いや本当に偶然?
よくよく思い返すと、ミザリが告げた内容はほとんど、いや全部私に当てはまってるような。
まさかミザリのリアルって。
「ヒナタさん? どうしたんですか」
「う、ううん、何でもない」
リアルについて聞いちゃっていいのかな。でも気持ち悪がられてフレンド解消されたら嫌だなぁ。
何か、安全に情報を聞き出す方法は……。
私は体の前で両手を打ち合わせる。
「そうそう、私最近占いにはまってるんだ」
「占いって言うとタロットカードの類ですか?」
「まあそんなところかな。ちょうどいいからミザリのことも占ってあげる」
「面白そうですね。ではお願いします」
「うん。じゃあ行くよ」
占いって何をすればいいんだろう。タロットカードどころか水晶玉もない。
まあいいや、適当に動いてそれっぽく見せちゃえ。
とりあえず両手を軽く上げる。
「見えた! ミザリって桜成女学院の生徒でしょ」
「すごい! 学校なんて全国で数千あるのにピンポイントで当たってます!」
「まだまだこんなものじゃないよ。ミザリは二年生だね」
「はい」
「普段読書をして過ごしてる」
「それも合ってます!」
「ああ見える、見える。ミザリがあこがれている人の名字はずばり、風早!」
「そんなことまで分かっちゃうんですか⁉」
ミザリが目を輝かせる。
ああ、これはもうほぼ確定だ。
同姓同名の可能性はまだ残っている。
でも元陸上部で、一時期不登校になった上に読モのお友だちがいて、さらに桜成女学院の二年生ってそれどんなミラクル? 天文学的確率であり得ない。
私は深く空気を吸い込んだ。
「ミザリの本名って宮嵜瑠璃さんだったりする?」
「え」
ミザリの口角が上がったままで固定された。
私は気まずくなって視線を右にずらす。
「あのね。実は私、風早日向なんだけど……」
耳たぶがじんわりと熱を帯びる。
何だか恥ずかしくなってきた。散々褒めちぎられた後だから目を合わせにくい。
返答がない。
正面にそっと視線を戻すと、お風呂でのぼせたように真っ赤な顔がある。
さっきまで自身が語っていた内容を思い返したのだろう。ミザリの口から変な悲鳴がほとばしった。




