第42話
湿地帯の森を駆け回ってウータレンの樹皮を集めた。
ハウジングスペースに戻り次第、現地で得られたアイテムを使って採取ポイントを設置した。
これでリポップのたびにモグちゃんたちが素材を採集してくれる。陸上トラックの資材作りがはかどるに違いない。
この日はここまででログアウトした。
迎えた翌日の日曜日。わくわくしながらハウジングスペースに足を運んだ。
ウータレンの苗木ができていた。樹皮を取るにはまだ早いけど一歩前進だ。
この日は素材採集に努めた。モンシロと一緒に遊んだエリアを駆けめぐって鉱脈を打ち砕き、山に植生する植物アイテムを拾って回った。
回数をこなすたびに新たなルートが脳裏に浮かぶ。自分の足で効率的なルートを開拓して試す。
気がつくとアイテムの数が三桁におよんでいた。
オヤビンがいるエリアにも行きたいところだけど、ひとまずハウジングスペースに採取ポイントを設置してこようかな。
「あのくノ一、この前のイベントで三位になった子じゃね?」
話し声が聞こえて振り向くと三つの人影があった。
知らないプレイヤーだ。何やらこそこそと話している。
嫌な予感。
内心身構えていると一人がロッドを向けてきた。
「やっぱり!」
右方に走って火球をやり過ごす。
間違いない。彼らはプレイヤーキラーだ。
本当に来たよ。揚羽がそれっぽいこと言ってたから覚悟はしてたけど、かき集めたアイテムを奪われるなんて冗談じゃない。
浅橋の上を突っ走ってひたすら距離を稼ぐ。
魔法使いの射程はモンシロを観察して把握している。AGIの高い私なら逃げ切れるはずだ。
「くっそ速え!」
「AGIにいくつ振ってやがんだあの女!」
後方からの声を耳にしながらコンソールを開いた。所持しているアイテムを倉庫に転送しようと試みる。
駄目だった。街の外にいるとアイテムを倉庫に収められないようだ。
戦闘中はコンソールからの転移も使えない。アイテムを倉庫に転送してから迎え撃ちたかったのに、これじゃリスクを抱えて戦わなくちゃいけない。
このまま走って千切ってから街に戻る?
でもあの人たち、明日以降もまた来るだろうなぁ。
二度とプレイヤーキルをする気が起きないように、ここで痛い目を見せてあげないと。
私は意気込んで足を進ませた。
「あの子どこ行ったんだ」
草根をかき分ける音に遅れて男性が舌打ちする。
「せっかくイベント報酬のアイテム奪えると思ったのによ」
「今さらだけどイベント報酬って奪えるんだっけ? 特殊なレア度になってて奪えないって聞いたことあるんだけど」
「え、そうなの?」
「お前ら知らずにプレイヤーキラーやってたのかよ。呆れたぜ」
先頭を歩く男性が足を止めて目を見開いた。
「おお、すげえ!」
「何だこりゃ」
後ろを歩く二人も口角を上げる。
彼らの前にあるのはアイテムの山。鉱石や植物が重なって小さな山を形作っている。
「分かったぞ、さてはこれで見逃せってことだな」
「もっとかわいい感じじゃね? これで見逃してくださいって感じで」
「かわいかったもんな。今度会ったらフレンド申請しよ」
「バカ、承認してもらえるわけねえだろ。それよりもハイエナがわく前にアイテムかき集めんぞ」
男性がアイテムの山に歩み寄る。
「ん?」
「どうした?」
「いや、何か聞こえねえか?」
三人が耳をすませる。
規則的な物音が連続する。
「これは、足音か?」
音の源は盛り上がったアイテムの向こう側。
何かが近づいてくる。
彼らがそれを悟った瞬間、黒い風がアイテムの山を突き破って現れた。
「はあああああっ!」
サイクロンエッジ。斜面を駆け下りて味方につけた慣性とともに突っ込んだ。
隠れみのにしていたアイテムの山が黒い風刃に散らされる。
あらわになったプレイヤーキラーに風刃と技がヒットした。二つの人影がもろに受けてきらめく光と化す。
武器を『バシュ・ネ・モフィラ』に切り替えて麻痺クナイを射出する。
残る一人の体がピクッと硬直した。
「お、前」
「人の物を取ったら駄目なんだよ?」
パワーショットを二連射。
最後の一人もポリゴンと化して砕け散った。リザルト画面ならぬポップアップがドロップアイテムを羅列する。
一息ついて武器を納めた。仮面を外して、斜面に散らばったアイテムをそそくさとかき集める。
彼らがこれに懲りてプレイヤーキルをやめるならよし。
そうじゃなくても装備を失った。私にやり返すにも装備を整える時間がいる。しばらくは手出ししてこないだろう。
「ん」
視界の隅に小さな影が映って振り向く。
「ホー」
白いフクロウがいた。ほのかに光るそれが翼をはためかせる。
見覚えのある鳥がレア鉱石をわしづかみにする。
「あ、それ私の!」
フクロウが飛び立つ。
私は追いかけようとして足を止めた。焦りを抑えて、地面に散らばったアイテムの回収に努める。
盗まれたのは、他のアイテムが三桁におよぶ中でまだ一桁の鉱石だ。相手がかわいいフクロウでもあげるわけにはいかない。
アイテム回収を終えてすぐに追いかける。
樹木で視界は悪いけどフクロウはきれいだから目立つ。見失うことなく草木あふれる場所から抜け出せた。
前方に足場の悪い岩場が広がる。
あっちこっちから岩の突起が伸びていて、何だか愉快なことになっている。ちょっとしたアスレチックみたいだ。
助走をつけて地面を蹴った。跳んだ先にある岩面を蹴って、川に落ちないように反対側の岩をまた蹴飛ばす。
五回ほど連続跳躍して平らな地面に着地する。
今度は三本の太い蔓がたらんと伸びていた。その内一本を握って上を目指す。
腕の力だけじゃ限界がある。両足で蔓をはさんで腕を休めつつ確実に蔓を上る。
ゴロゴロと音が迫る。
空を仰ぐと、はるか頭上で大きな岩が傾いていた。
「うそっ⁉」
岩が落ちて来るまで猶予はない。
こうなったらいちかばちか。体全体を使って蔓を揺らす。
「えーいっ!}
となりの蔓目がけて跳んだ。飛び移った蔦に揺られる中、重力に引かれた岩がすれ違う。
危なかった。危うく脳天に強烈な一撃をもらうところだった。
ほっとして上る作業を再開する。
その後二回ほど飛び移った末に蔓を上り切った。
「やったあああっ!」
歓喜に身をゆだねて飛び跳ねる。
すごい充実感と達成感。
楽しかった。陸上の走路のことばかり考えてたけど、ハウジングスペースにアスレチックを設置するのも悪くないかも。
「そうだフクロウは?」
あっちこっちに視線を振ると、フクロウが岩にとまって私を見ていた。
視線が交差するなり白いもふもふが背中を向けて飛翔する。
「もしかして、ついてきてってことかな」
わざわざ私のことを待ってた辺り、そうとしか思えない。
白い背中を追いかけつつ岩場のアスレチックに挑む。
アスレチックを踏破した先には、幻想的に光る入り口があった。
「何あれ」
つぶやく私をよそに、フクロウが光る入り口に消える。
目の前にポップアップ。
【『ようこそ精霊の国へ』を受注しますか?】
『はい』『いいえ』
これはクエストだ。
すぐに『はい』を選択した。眼前の光が強まって視界内から白以外の色が失われる。
世界が色を取り戻すと、殺風景だった景色が緑あふれる景観に様変わりしていた。立ち並ぶ樹木や花が視界内を色鮮やかに染め上げている。
湿地帯と違ってじめじめしていない。居心地のよさに口元がゆるむ。
「気持ちいい場所だなぁ」
すーっと深呼吸。空気を出し入れするだけで体が新しくなっていくみたいだ。
靴裏を浮かせて橋を渡る。
透明感のある水が川のせせらぎを奏でている。泳いでいる魚も活き活きとして映る。
小動物からの視線を受けながら歩いていると、フクロウがぱたぱたと翼をはためかせて寄ってきた。
橋の手すりにとまったフクロウに向けて、私は腕を差し出す。
「鉱石返して」
「第一声がそれですか」
しゃべった!
なんてね。こんな程度じゃもう驚かないよ私は。
「私ヒナタ。あなたは?」
「私は風の精霊エーファ。あなたに協力を要請したくてここに招きました」
「手伝ってほしいことがあるならそう言ってよ。わざわざ鉱石を盗まなくたって話くらい聞くのに」
「私はこの空間の中でしかしゃべれないのです。意思疎通を行うには、あなたをここに誘導する必要がありました」
「なるほどね。それで、風の精霊さんが私に頼みたいことって何?」
「水の都ラティカに脅威が迫りつつあります。あなたには迫りつつある厄災を祓っていただきたい」
厄災とはまた、一気に話が大きくなってきた。




