第34話
ミミックが走ってきた先には入り江があった。
透き通るような青い海面の手前には白い砂浜。日光を反射する白さには雪にも負けず美しい。
だからこそ黒ずんだ船が異色を放っている。
「あの船、交易に使われてたのかな?」
「さあな。でもあの中にお宝が眠ってるに違いないぜ」
スコとプッツが目を輝かせて走る。
私も彼らの背中に続いて船の中に踏み入った。
薄暗い。通路の輪郭を暴くのは、壁に空いた穴から差し込む日光だけだ。
船はだいぶ老朽化している。ブーツで踏みしめるとギィギィ鳴る箇所もある。
これ、床抜けないよね?
ひやひやしながら足を進めて目についたドアを開ける。
室内は汚い。原型を失った道具や苔に大部分を侵食されている。
パッと見ても宝物があるようには見えない。ドアをそっ閉じして次の部屋を探す。
次も外れ、その次も瓦礫の山。
次第に不安がわき上がる。
「本当に秘宝はここにあるんだよね?」
「ある、はず」
「実はすでに誰かが持ち去った後だったりして」
「嫌なことを言うな人間。ここまで来て徒労だったとか認められんぞ」
私だって今までの作業が無駄になるのは嫌だ。
でも冗談を言ってないとやってられない。
ついに行き止まりまでたどり着いた。
がらんとした空間に大きな壺が鎮座している。部屋は無駄に広いし、ここに商品を詰め込んで出航していたんだろうか。
「あの中に秘宝が収まってる、ってことでいいんだよね?」
「そう祈るしかねえだろ」
モグラたちがおそるおそる壺に近づく。
しかしあらためて仰ぐと本当に大きな壺だ。中には何が入っているんだろう。
モグラが壺を眺めて振り向く。
「人間、蓋を開けてくれ」
「え、何で私?」
「だって俺たちじゃ届かないし」
あっ。
察して壺に歩み寄る。
壺の表面はザラザラしている。勢いをつけてのぼれば駆け上がることも可能だろう。
助走をつけて壺の側面を駆け上がった。モグラたちが「おぉっ」と歓声を上げる。
下からの視線にちょっとした気恥ずかしさを覚えてスカートのすそを押さえる。
シメアさんが鉄壁スカートと言っていたし大丈夫なはず。大体モグラに見られたから何だって話だ。
「開けるよ」
「おう」
私は大きなふたを持ち上げる。
潮の香りに遅れて、赤いものがヌッと伸びた。
「え?」
思わず目をぱちくりさせる。
天井に触れんと伸びたそれは触手。吸盤がついている様相はものすごく見覚えがある。
「ねえこれ、壺納まってるのもしかして」
視線を振った先にあるのはがらんとした空間。私を見上げていたモグラたちの姿はどこにもない。
逃げた。
私を置いて、自分たちだけ!
「ひゃっ!」
手にぬるっとした感触を得て反射的に飛びのいた。床に着地して壺の口を仰ぐ。
丸っこい頭が顔を出した。想像通りの巨大なタコがぬっと姿を現す。
赤い触手がヌッと地面を這う。
嫌な予感に駆られて身をひるがえした。元来た道を全力疾走でたどる。
背後で破砕音が鳴り響いた。重量を思わせる音が迫る。
「この、来ないでよっ!」
麻痺クナイを射出する。
的は大きい。特に狙いを定めるまでもなく頭に命中した。
一発じゃ効果がない。二発目を弾受けにセットしてまた振り向く。
一本の触手がヌッと迫る。
「ひっ」
反射的にダガーを振り切っていた。触手の先端が宙を舞って床にボトッと落ちる。すぐに赤い巨体に押し潰されて見えなくなった。
気を抜くと触手が伸びてくる。こんなんじゃ後ろが気になって仕方ない。
後ろを気にしながら走っているとモグラたちの背中が見えた。
胸の奥からぶわっと噴き上がったものが口を突いた。
「こら! よくも私を置いていってくれたね!」
「仕方ないだろ! 俺らがいても何もできないんだから!」
そうかもしれないけどいまいち釈然としない。
でもそんなことを言っている場合じゃないのは確かだ。
「とにかく外に出なきゃ。もっと速く走れないの?」
「無茶言うな、お前が速すぎるんだよ」
通路は狭い。タコの巨体は動くたびに壁や床を破壊している。本来のスピードよりはいくぶんか遅いはずだ。
それを踏まえてもモグラたちよりはるかに速い。追いつかれるのは時間の問題だ。
せめて壁や床に穴でも開いていれば――。
「そっか」
穴を開ければいいんだ。ひらめいてダガーを握りしめる。
この船はボロボロだ。あっちこっちに空いた穴から日光が差し込んでいる。
これだけボロボロならちょっとした攻撃でも風穴が空くはず。
「はっ!」
気合とともに両腕を振った。黒い風の刃が直進して壁に穴を開ける。
迷わず穴に跳び込んだ。
一拍遅れて破砕音。後方を一瞥すると赤い巨体が日光にさらされている。
タコの体には色んな装飾品が引っかかっている。金銀のアクセサリー以外にも赤や青の宝石をこしらえたブローチなど色や種類も多種多様だ。
趣味が悪い。宝石をジャラジャラ言わせる成金を前にしている気分になる。
船から出れたところ悪いけど、身に着けてる物全部もらっちゃおうか。




