第30話
黒モグラたちのクエストを受注した。これからは仲間ということでモグラたちが自己紹介した。
スコにプッツと言うらしい。私も名乗った一方で、クエストの進行には待ったをかけた。
水の都に伝わる秘宝を盗もうと言うんだ。警察じみた組織が動いてもおかしくない。この世界は私のパラダイス。おたずね者になることはしたくない。
まずはミザリにメールをした。
ミザリもラティカに来ているらしい。NPCが経営するカフェで落ち合う約束をした。
約束して十分後。前髪で目元が隠れた少女とテーブル越しに向かい合った。紅茶を注文して水の都についての感想を語り合う。
ミザリはリアル世界でも水の都に行ったことがあるらしい。ヴェネツィアに旅行した時のことを楽しそうに語られた。実はいいところのお嬢様だったりするんだろうか。
ラティカの感想が一段落して、私はこの世界における国家権力のあれこれを聞いた。
結論から言うと自警団や衛兵に追われる心配はないようだ。
街中では武器を使えない。
物を盗もうにも、その品がクエストのキーアイテムじゃなければ一定距離離れると元の位置に戻る。NPCへの犯罪も同様で、プレイヤーは街中じゃ悪いことはできない。
一部の特殊な状況下を除いて。
「ミザリは水の都の秘宝って知ってる?」
「秘宝ですか」
ミザリがうーんとうなる。
「思い至る節はなさそうだね」
「そうですね。でもうわさレベルのお話なら、NPCからそれっぽいお話を聞きましたよ」
ミザリいわく、ラティカには秘密の入り江や隠れ港が数多く存在するらしい。
水の都は商業の場として優れている。商人の中には大成功を収めて大金を得る者もいた。さらなる富を求めてグレーな手法に手を出した人もいた。
いわゆる脱税や違法取引。商人同士手を組んで土地を開発し、地元の人でも知らない秘密の入り江や隠れ港が無数に作られた。今も秘密の倉庫や地下通路がどこかに眠っているのだとか。
「あくまで都市伝説ですけどね。ゲーム内の掲示板にそういう情報は流れてませんし、本当にあるかどうかも分かりません。世界観に入り込むための背景設定って考える方が自然だと思います」
「なるほどね」
でも黒モグラたちは秘宝の存在をほめのかしていた。都市伝説は本当にあったってことなの?
あのクエスト何人まで受けられたっけ。ミザリも誘ってみようかな。
クエストの受注制限を確認しようとした時、ミザリがハッとしてチェアを立った。
「もうこんな時間! 私行かなきゃ!」
「約束があったの?」
「はい。これから素材屋の方と交渉する予定があるんです。イベントの後で取引しないかってお話を持ちかけられまして」
「取引か」
何だかリアルのお仕事みたい。
いや、みたいじゃない。本当にお仕事なんだ。
家賃や食費がないだけで、私たちプレイヤーも色んなお金を使って人と交流している。この世界で商人として生きるには誰かとの取引は欠かせない。
そのパートナーにミザリが選ばれた。お友達として素直にうれしい。
「すごいね。ミザリの活動が報われたんだ」
「ヒナタさんのおかげですよ。イベントの表彰式で私のお店の宣伝をしてくれましたから」
桃色のくちびるが弧を描く。
ミザリのリアルは知らないけど、あどけない笑顔を浮かべているんだろうなと思った。




