第3話
どれだけ走り続けただろう。街へ戻る道が分からなくなった。
地図を広げると変なマークが散らばっている。
採取アイコンというらしい。戻るついでにアイコンが指し示す場所を片っ端からめぐってみた。
脚が早いと採取が便利だ。薬草や野菜など色んなアイテムを拾い上げてポーチに入れた。
採取アイコンには鉱石もあった。
鉱石を採取するにはピッケルが必要らしい。一度街に戻って、採取したアイテムをショップでお金に換えた。
また街を出て走った。
元来た道を戻ることには徒労感があるけど、走るのが楽しいから思ったより苦にならない。
パルクールにも少したしなみがある。
地形を利用してルートを開拓して移動時間を短縮。採取ポイントでピッケルを振るってポーチの中身を満たした。
アイテムでポーチを満たすのは楽しい。たまにレアなアイテムが出た時は心がおどった。ゲームを楽しむ人の感覚が分かってきた気がする。
反射的に上半身が右に動いた。
一泊遅れて何かが通り過ぎて行った。
後方で何かをうがったような音。振り向くと大きな岩に矢が突き刺さっていた。
何これ、何で矢が。
「ちっ、外したか」
バッと振り向くと三つの人影があった。二人は斧、一人は弓を持っている。
彼らが私目がけて攻撃してきたに違いない。
むっとして口を開いた。
「私に矢を放ったのはあなたたちですか? どうしてこんなことを」
「こんなことって、おいおいまじかよこいつ」
「PK知らないってことは初心者じゃね?」
「初心者狩りかぁ。心が痛むねぇ」
弓を持つ男性が矢をつがえる。
また矢を放つ気だ。
察して地面を蹴った。
何故かは分からないけど私は狙われている。
逃げなきゃ。でもどこに?
走りながら考える。矢がピュンと風切り音を鳴らしても足は止めない。
だんだん楽しくなってきた。
小さい頃に鬼ごっこした時のことを思い出す。
ちょこまかと逃げて同級生のタッチを交わすあの快感。根拠のない万能感が込み上げる。
「追いついたぞ!」
どうやったのか右方から男性がおどり出た。
反射的に右腕が前に伸びる。
「わわっ!」
なぐってしまった。
そう思ったけど、男性の側は目にごみが入った程度の反応しか見せなかった。
「何なんだ今のは」
「いやあの、結構なスピードでぶつかったと思うんですけど、痛くないんですか?」
「ぜんっぜん痛くねえなぁ。さてはお前、STRに振ってねえな?」
「ええ。よく分かりましたね」
「あんまりダメージねえから、なッ!」
あぶない!
すんでのところで剣の一振りを避けた。横をすれ違って再び疾走する。
走った先で道が途切れていた。崖をはさんだ向こう側には新たな地面が伸びている。
「くっそ! 脚はええ!」
「どんなステータスしてんだあの女!」
声が近づいてくる。
跳ぶしかない。
悩んでる暇はない。どうせ痛みはないんだ。
それに、長年走ってきた感覚が言っている。
この体ならいけるって!
「ほっ!」
助走をつけて地面を蹴り飛ばした。
浮遊感。
向こう側の地面が迫る。重力に引かれて水面も近づく。
胸の奥から伝わるバクバクに耐えていると靴裏に感触を得た。慣性に任せて、もう片方の足でも地面を踏みしめる。
うまくいった。
走って振り向くと三人の男性が足を止めていた。
弓を持つ人が矢を射るものの、私に届かず地面に刺さる。
「ちっ、ずらかるぞ」
三人が背中を向けて遠ざかる。
助かった。
安堵のため息に遅れて小さなウィンドウに気づいた。
「何これ」
電子的な文字を視線でなぞる。
【条件を達成したため、シークレットスキル【慣性Lv1】を取得しました】
先程男性に告げられた言葉が脳裏をよぎる。
STRにポイントを割り振らなかったからダメージがなかった。どれだけ助走をつけても私じゃ大きなダメージを与えられない。
でも目の前に表示された『慣性』の文字が気になる。
試してみよう。
慣性なんていかにもな名前だし、このままやられっぱなしは性に合わない。
目についた小石を五個ほどポケットに突っ込んだ。助走をつけて再び崖を跳び越す。
再び疾走。三つの背中が映って、ポケットに忍ばせた小石を握る。
相手はゲームのアバター、ゲームのアバター。
自己暗示はお手の物だ。人に攻撃することへの抵抗感をのみ込んで右腕を振りかぶる。
全力疾走の慣性を乗せた石が後頭部に命中した。赤い光を散らして、一番右端を歩く襲撃犯の体が光の粒と化す。
まるでガラス細工みたいだ。そのきれいさに思わず見とれる。
「は? あいつ死んだぞ」
「何で?」
戸惑う二人をよそにもう一発。
ポリゴンと化した二人目の横で最後の一人がぎょっとする。
「お、お前戻ってきたのか!」
「お返しッ!」
三発目もヒットしてきれいな光が宙に溶けた。
達成感が吐息となって口を突く。
「人に向けて物投げたのドッヂボール以来かも」
あの頃は楽しかった。余計なことを考えずに、やりたいことを好きなだけやっていた。
そうだ。
私にとっての運動は、夢中になれてとっても気持ちいいものだった。