第29話
私は穴から出て街に戻った。
ララちゃんを見つけて声をかけた。モグちゃんから言われたことをやんわりとした言葉に変えて伝えた。
ララちゃんは首を縦に振ってくれた。
私は身をひるがえして穴まで駆け戻った。反省してるならと、モグちゃんはしぶしぶ納得してくれた。
二人で坑道を出て街への道のりをたどる。
「悪いな人間、ぼくたちの仲取り持ってもらっちゃって」
「困った時はお互いさまだよ」
「いい言葉だな。そういや冒険者はみんな自分たちの世界を持ってるんだよな?」
「ハウジングスペースのことならそうだけど、よく知ってるね」
「穴の上を通る冒険者がそう言ってたからな。なあ、よかったらぼくに見せてくれないか?」
「見せるのはいいけど、どうやってモグちゃんを連れて行けばいいか分からないよ」
「ハウジングスペースの欄から招待コードを送るとか言ってたぞ?」
「詳しいね」
思わず苦笑いがこぼれた。告げられた通りにコンソールからハウジングスペースのボタンに触れる。
本当に招待コードのボタンがあった。タップすると送り先にモグちゃんの名前が表記される。
コードを送るとモグちゃんの額に鈍く光る紋章が浮き上がった。数秒としない内に元通りの毛色に戻る。
「じゃ早速行こう」
「今から行くの?」
「もちろんだ。土竜族はつねに未知を求める」
モグちゃんの体が光を残して消失した。
「勝手だなぁもう」
ハウジングスペースへの転移で視界内が白く染まる。
視界内が白以外の色を取り戻すと、モグちゃんが植物を植えたエリアで何やらむしゃむしゃしていた。
「私の畑で何してるの?」
「虫食べてる」
「虫?」
モグちゃんの手元に視線を向ける。
とがったツメにはイモ虫やその他が握られている。
「ここって虫わくんだ」
「何当たり前なことを言っているんだ」
それはそうなんだけど、だってゲームだし。
NPCに言っても仕方ないから胸の内に秘めておく。
「虫おいしい?」
「うむ、ララが持ってくるモノとは大違いだ。決めたぞ、ぼくはここに住む」
「え、駄目だけど」
「何故だ。ぼくは植物につく虫を食べる、人間が植えた植物が育つ。互いに得するじゃないか」
「でも駄目」
ここは私だけの秘密基地だ。大きなモグラがうろついてると落ち着かない。
「だったら、人間がいない間はぼくがここを管理するってのはどう?」
「管理って」
何を言うかと思えば。そう言いかけて口をつぐむ。
公式が声明を出してたお助けキャラって、もしかしてモグちゃんのことなんだろうか。だとしたら申し出を断るのはもったいない。
私は微笑をつくろった。
「分かった、じゃあここの管理はモグちゃんにお願いしようかな。もちろんララちゃんの許可を得たらだけどね」
「交渉成立だな。そんじゃララに話しに行こう」
魔法陣に乗ってハウジングスペースを後にした。モグちゃんを街に送り届けて、ララちゃんにハウジングスペースをからめた話をした。
夕方になったら帰ってくる条件こそ出たものの、ララちゃんはモグちゃんの労働を許してくれた。
晴れてモグちゃんにハウジングスペースの管理を任せて出発した。広場に出現した転移魔法陣にブーツの裏をつける。
もはや見慣れた街。全てはデータの集合体でしかない景観も、当分見納めになると思うと妙な寂しさがある。
お世話になりました。
意を込めて一礼して、すーっと空気を吸い込む。
「転移、ラティカ」
視界内が白一色に染め上げられる。
次に視界内が色を取り戻すと、街並みが青々しい景観に早変わりを遂げていた。
青々しさの正体は水だ。運河が石の街をいくつかの区画に分けている。それらをつなぐアーチ状の橋が何ともおしゃれだ。
笑い声が上がって振り向く。
二人のプレイヤーがゴンドラに揺られながら談笑していた。
「楽しそう」
前の街では得られない新たな刺激。早く私もあやかりたい。
どこでボートに乗れるのかな。
ゴンドラが流れてきた方向に足を進める。
運河沿いを歩いていると桟橋が映った。そこには『レンタルゴンドラ・アクアマリン』と記された看板が掲げられている。
白い制服を着た少女が立っていた。歩み寄ると少女が人なつっこい笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいませ。ラティカにようこそ。この都市には初めてのお客様ですか?」
「はい。ここには転移してきたばかりです」
「それでしたら、まずは街の案内ツアーはいかがでしょう。お一人様千マニーでラティカの主要スポットをめぐらせていただきます」
千マニーなら手頃だ。私は少女に料金を支払った。
少女に案内されてゴンドラに乗り込む。
座席は意外にふかふかで座り心地がいい。揺れる感覚が新鮮で胸が高鳴る。
少女がオールを手にしてボートを運河に押し出した。ゆったりとした水の流れに任せて街の景観が後方に流れる。
運河沿いに建つ家々には小さなバルコニーが設けられている。そこで洗濯物を干すNPCもいる。生活感があって温かみが感じられる光景だ。
「ラティカは水の都と呼ばれておりまして、街全体が運河で結ばれているんです。船での輸送が盛んなため商業都市として発展した歴史があります」
「船は物資を効率的に運べますもんね」
運河沿いの景色を眺める。
両岸に立ち並ぶ石造りの建物には美しいアーチ型の窓や装飾が施されている。商業都市として発展したからきれいな景観なんだろうか。
NPCから裏話を聞けるのは面白い。ゲーム内のできごとなのにリアルの体で旅行に来たみたいだ。
引き続き漕ぎ手の案内に耳をかたむける。
時々伸ばされる指の先を視線を振って街並みを視界に映す。
商業区画にはたくさんのプレイヤーが集まっている。彼らはボートの上に乗ったまま、武器防具のお店やカフェを運営するNPCと言葉を交わしている。
この世界の食べ物って味がするんだろうか。今度誰か誘って行ってみようかな。
「面白いですね。水上から買い物ができるなんて」
「ええ、ラティカならではの光景ですね。品ぞろえも素晴らしいですよ。水運を利用して各地から材料を運び込めるので、高品質な装備品を作ることができるんです。慣れると陸に上がるのが面倒になりますよ」
ゴンドラに揺られるのは楽しいけどそれは困る。私は走っている時の、地面に靴裏を押されるようなあの感覚が好きなんだ。
この分だと戦闘エリアも運河に断たれている可能性もある。
やっぱりハウジングスペースに走路を作るしかないのかな。
「あれ」
地面の側面に穴が空いている。
大半の箇所が無事だから地面がくずれることはないものの、ボートがぶつかっただけじゃ穴は開かない。誰かが意図して穴を開けたのは明白だ。
気になる。
場所と地形をまぶたの裏にやきつけて、引き続き漕ぎ手の都市案内を受ける。
ツアーを終えるなり街中を駆けた。いくつか橋を渡って、例の穴がある場所に足を運んだ。
乗り捨ててあるゴンドラに人知れず飛び乗った。オールを漕いで穴の中に入る。
薄暗くて怖いけど足場の輪郭は分かる。ボートを寄せて石の地面にブーツの裏をつける。
この先に何があるんだろう。
響き渡る自分の靴音を耳にすること数分。前方にうごめく影が映った。
「誰?」
うごめく影がピタッと動きを止める。
振り向くと影があたふたし始めた。どこかで見たことがあるようなシルエットだ。
「ばれた! 人間だ! どうする⁉」
「どうするも何も、やるしかないだろ!」
何か物騒なことになりそうだ。迎撃の準備をした方がいいだろうか。
でも街中じゃ特定の場所を除いて武器を使えない。ここは逃げた方がいいのかな。
「いや待て、お前盗賊か?」
「ちが――」
う、と言いかけて口を閉じる。
私のジョブは盗賊だ。否定するのは違う気がする。
「うん。私のジョブは盗賊だよ」
「やはりそうか。ならば協力しろ人間。オレたちと一緒に水の都の秘宝を拝もうじゃないか」
秘宝。
その単語に心惹かれた瞬間、眼前で長方形のウィンドウが開いた。何か色々書いてあるけど、要は秘宝を盗む手伝いをしろってことだ。
盗みをはたらくことに抵抗はある。
でもこのクエストが盗賊ジョブの成長につながるかもしれない。
そう考えるとクエストの受注を拒否することはできなかった。
「よし、これからよろしくな人間」
影が近づく。距離が詰まるにつれてその容姿があらわになる。
うん、やっぱりモグラだ。




