第25話
私は指輪を奪った足で洋館におもむいた。
相手がNPCなのは分かってる。でもあんなエピソードを聞いた後だと永遠に借りておくのは気が引ける。
運営だって鬼じゃない。職業クエストを失敗しても救済措置がある、と信じたい。
二階の部屋に入ってウィンドさんに指輪を見せる。
「この指輪であってますか?」
ウィンドさんが顔を近づけた。右手の指で指輪を持ち上げる。
感嘆の吐息が室内の空気を震わせた。
「ああ、これだよ。私がアナに送った指輪だ。取り返してくれてありがとう」
――私からもお礼を言わせてください。
突如聞こえたそれは大人びた女性の声だった。
反射的に室内を見渡すものの、私とウィンドさんの他に人影はない。
体の向きを戻すと、指輪に備えつけられた緑の宝石が光を放った。すーっと抜けた光がウィンドさんのとなりで人型を形作る。
ウィンドさんが目を見開いた。
「アナ、どうして」
「私にも分からない。気がついたら宝石の中にいたの。バケモノにさらわれた時はどうなるかと思ったけれど、そこの可愛らしいお嬢さんが助けてくれて」
私はハッとして口を開く。
「もしかして死者蘇生の術じゃないですか? 宝石にたましいが宿ったみたいな」
さすがにファンシーかな。
二人に笑われるかと思ったけど、二人はいたって真面目な顔をしていた。
「なるほど。たましいを降ろすことには成功していたのか。すまないアナ。私が寂しさに耐え兼ねたばかりに、君には辛い思いをさせてしまった」
「いいのよ。あなたががんばってくれたおかげで、私たちはこうしてめぐり逢えたんだから」
ウィンドさんとアナさんが笑みを向け合って抱擁する。
恋愛ドラマを見ているみたいだ。私お邪魔じゃないだろうか。
そーっと出て行こうと決めた時、二人の体が淡い光に包まれた。
彼らの視線が私に向けられる。
「アナを助けてくれてありがとう。私たちはもう行くよ。お礼と言っていいかは分からないが、この指輪は君に受け取ってほしい」
ウィンドさんが腕を差し出す。
「分かりました。ありがたく使わせてもらいます」
私は腕を伸ばして指輪を受け取った。
「大切にしてね」
二人が笑みを残して室内から消失した。残った光の粉が音もなく宝石に集まる。
部屋の中が元通りの質素さを取り戻した頃には、緑の宝石が鈍い光を帯びていた。
私は洋館を出て街に戻った。職業ギルドの建物に足を運んで依頼達成の報告をした。
もらった指輪を提出するのは気が引けたものの、幸い指輪は没収されることなく戻ってきた。
指輪を盗ってきた事実が大事なクエストだったらしい。だてに盗賊スキルのクエストじゃないってことか。
晴れて盗賊のジョブを設定した。倍率が掛かって跳ね上がったAGIの数値を眺めるのは気分がいい。
次に知り合いの武器屋を目指した。
ロックイーターとの戦闘では、エネミーに近づかれるたびに飛びのいて攻撃した。テンポが悪かったし、飛び道具に耐性のある相手と戦う機会があるかもしれない。
盗賊のスキルにはダガー関連のスキルがある。
何かいい感じのダガーはないかなと期待して、私は知り合いの武器屋を訪れた。
ドアチャイムに遅れて知り合いのプレイヤーが微笑を浮かべた。
「こんにちはバーバラさん」
「いらっしゃいヒナタちゃん。待ちわびてたわよー」
歓喜にぬれた声を耳にして、点在するお客さんがいっせいに私を見る。
ひそひそ話が始まった。
「くノ一だ」
「めっちゃ可愛いな」
「あの子だろ? この前のイベントで三位になったのって」
「ああ、メタルこんこんのファンの子だ」
全部聞こえてるんですけど。
ていうかメタルこんこんって私なんですけど。よく考えたら自分で自分のファンって言っちゃったんだ私。
恥ずかしい。
「どうしたの? 顔が赤くなってるけど」
「いえ、何でもありません。お店繁盛してるみたいですね」
「ええ。ヒナタちゃんがイベントで宣伝してくれたおかげよ。スリングショットの在庫もあらかじめ仕入れておいてよかったわ。今週なんて桁が違うもの」
バーバラさんがにやつく。
私の助力がその笑顔を作ったならちょっと嬉しい。
「ごめんなさい、売り上げの話なんてどうでもよかったわね。ここに来たってことは何か買いに来たんでしょう?」
「はい。買うというよりは探しに来たって方が近いかもしれません」
「ってことは心当たりがないのね。どんな武器を探してるの?」
「AGIの数値を参照するダガーがあればいいなって。私はSTRの値が低いので、大半の武器は使えないんですよ」
厳密には使えるものの大したダメージが出ない。
リスクをおかして近づくのに、スリングショット未満の威力じゃただの罰ゲームだ。
「AGI依存の武器か。心当たりはあるわよ」
「本当ですか?」
「ええ。ただ難しめのクエストを達成しないと入手できない素材を使うの。それでもよければだけど」
「構いません。教えてください」
ロックイーターとの一戦も難しかったけど楽しかった。自分にできることをやり尽くしたあの感覚には一種の心地よさすらあった。
今は自分の可能性を試したい。難しいクエストは願ったりだ。
「分かったわ。クエストの受注方法だけど、まずは暗魔の森でウィンドメイジを倒して」
「そのエネミーなら倒しました」
「そうなの? じゃあ次は、同じエリアにある廃れた洋館を探して。そこでウィンドメイジが出てくるから、話をしてクエストを受注するの」
「あれ」
思わず小首をかしげる。
すごく聞いたことのある話だ。それもごく最近に。
「もしかしてですけど、それってウィンドさんとアナさんのクエストですか?」
「ええ、そうよ。ヒナタちゃん知ってたの?」
「はい。さっきクエスト達成してきました」
「え」
バーバラさんがきょとんとする。
聞き耳を立てていたのか、他のプレイヤーもバッと振り向いた。
「達成してきたって、ロックイーターと戦うやつよ? それを一人で達成したの?」
「はい」
「嘘でしょ⁉」
声が張り上げられた。意図せずぴくっと背筋が伸びる。
「どうしてそんなに驚くんですか?」
「だってあの職業クエスト、プレイヤーの中じゃ調整ミスってうわさで有名よ?」
「確かに強かったですね。こっちの攻撃ほとんど弾かれましたし」
「あなたには驚かされてばっかりね。宝石が手に入ったなら後は簡単よ。オブシディアンレックスの鱗石があれば武器を作れるわ」
「それも持ってます」
「めぐり合わせがいいわね。じゃあ早速作る?」
「はい。お願いします」
私は素材とマニーをバーバラさんに手渡す。
お客さんの目がある店舗が居心地が悪い。バーバラさんの背中を追って鍛冶部屋に入った。以前のように武器ができ上がるさまを見届ける。
カンカンと鍛冶ハンマーが素材の形を変えていく。
オブシディアンは黒曜石。黒曜石は溶鉱炉の熱に耐えられない。現実では行えない製作手法だ。
そこはいつものミラクル鍛冶。紅みを帯びた素材が見る見るうちに形を変える。
紅が二つに分かれた。色が引いて黒い様相が露わになる。
視界内にウィンドウが浮き上がった。
『疾風の黒旋刃*』
攻撃力 +43
AGI +23
アビリティ【風刃】
黒い刃が弧を描いている。すれ違いざまに斬りつける運用方法が想定されているからだろう。
柄の辺りでは、ウィンドさんからもらった緑の宝石がきらめいている。
「完成よ。我ながらいい仕上がりだわ」
バーバラさんが差し出した武器を受け取った。柄を握って試しに振ってみる。
グリップが手になじむ。ヒュッと風を切る音が心地いい。
「このアビリティって何ですか?」
「一部の武器に搭載されている特殊能力みたいなものね。この武器の場合は一定速度が乗ってると風の刃を飛ばせるみたい」
「それはかっこいいですね」
やりようによっては遠くから延々と攻撃できる。戦術の幅が広がるってものだ。
「どれくらいの威力になるかは分からないけどね。おまけ程度と考えた方が精神衛生上いいと思う」
「分かりました」
武器を鞘に納めて身に着ける。
早く試し斬りしたい。
浮き上がるような気持ちでバーバラさんのお店を後にした。
今のヒナタの装備
武器 【バシュ・ネ・モフィラ*】
【疾風の黒旋刃】
頭 【黒霞・額当て*】
胴 【黒霞・禍羽*】
腰 【黒霞・闇纏*】
足 【黒霞・風成*】
装身具 【珠玉を追う者】
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