第24話
職業ギルドの依頼を優先して永久に指輪を借りておくか。
はたまた、ウィンドさんのお願いを聞いて指輪を屋敷に持ち帰るか。
選択は二つに一つ。森の地面を踏みしめながら思考をめぐらせる。
指輪を永久に借りたらウィンドさんに祟られそうだ。
かといって指輪を返すのも怖い。盗賊スキルの成長ができなくなったら一大事だ。
結局答えは出る前に目的地までたどり着いた。私はそびえ立つ大木を見上げる。
すごく大きい。樹齢何千年だろう。天を衝かんと伸びるさまはビルみたいだ。
扉のない入り口に足を踏み入れる。
想像を裏切らない木造建築。隅から隅まで木材でできている。
ところどころを彩るのは自然の緑。マイナスイオンがあふれていそうで深呼吸したくなる。
我慢できずにすーっと空気を吸い込む。
木材特有の良い匂い。体にいいことをした気分だ。
気を取り直して足を前に出した。エネミーの襲撃に気をつけて奥へと進む。
生き物の全てがプレイヤーに敵対的ってわけではないらしい。小鳥やリスがめずらしそうに私を見ている。
微笑ましい光景に口元をゆるめる。
いつかこういう別荘で自然に包まれながら過ごしてみたいなぁ。
「キキッ」
嫌な響きを耳にしてバッと見上げる。
凶悪な顔つきのリスがいた。
その大きさはもはやクマだ。巨大な前歯が大きな木の実を削っている。
ガリッ、ゴリッ。
その音そしゃくというよりは粉砕。木の実に見えたそれは岩だったらしい。こぼれ落ちた岩くずがコロコロと床を鳴らす。
真っ赤に充血した眼球と目が合う。
指の一本には、ウィンドさんに頼まれた品に酷似した品がくくりつけられている。
「指輪!」
思わず言葉が口をつく。
間違いない。そこそこサイズのある緑色の宝石は、ウィンドさんに告げられた通りの特徴だ。
巨体が木の床を蹴った。まん丸なエネミーが重力に引かれて落ちてくる。
着地地点目がけて幻惑クナイを射出する。
命中するかと思った矢先、リスもどきが足を振り上げた。
キンッと金属質な音に遅れてクナイがあさっての方角に飛んでいく。
『ロックイーター』の文字を冠するエネミーの指先には、どう見ても人工的に作られた鉄のツメがついている。
「それずるい!」
獣なのに人の道具を使うなんて、そんなことされたら人に勝ち目がない。
私が指摘してもどこ吹く風だ。リスが鉄のツメをひけらかして私に迫る。
とっさに屈んで一裂きをやり過ごした。飛びのきながら二発目を放つ。
狙いは適当。大きな図体だからどこかに当たる。
そう思ったけどまたツメに弾かれた。
「弾かないでよ!」
抗議の声をよそにロックイーターが身をかがめた。
相手の動きは直線的だ。余裕はないものの、エネミーの動きを先読みすれば回避はできる。
でもその先が続かない。
頭、手、足、お腹。
どこを狙っても対処される。背後に回り込んでも回し蹴りで蹴飛ばされた。
弾は有限。嫌な汗がほおを伝う。ここまで来てクエスト失敗なんて、そんなのあんまりだ。
何か、何かないの? あのリスもどきから指輪を取り上げる方法は。
「あ」
今さらになってハッとした。
どうして気づかなかったんだろう。ウィンドさんの指輪さえ取り返せばいいんだ。わざわざあのエネミーを討伐する必要はない。
これは盗賊のスキルを成長させるクエスト。本来このエネミーは倒すことを想定されてないんだ。たぶん。
早速方針を変えた。
ロックイーターを倒そうなんて考えない。エネミーの隙をついて、指にはまっている指輪を取り返すんだ。
すーっと呼吸を整える。
相手の動きは覚えた。体力を全く削れてないから特殊行動を警戒する必要もない。
私ならできる。信じてエネミーとの距離を詰める。
ロックイーターが奇声を上げて迫る。丸太のような腕が振り上げられて、鉄製のツメが差し込む日光を反射してギラリと光る。
私は床を蹴って左に跳ぶ。
一拍おいてツメが床に突き刺さった。
やり過ごしたのもつかの間、茶色の毛におおわれた右腕が隆起する。
右腕によるなぎ払い。
その攻撃を待っていた。再度跳び上がって両ひざをたたむ。
足下に風切り音が鳴った。風圧を太ももで感じつつ視線を下ろす。
すぐそばで指輪の宝石が日光を反射する。
「せいっ!」
気合とともに足を伸ばした。ブーツのかかとで指輪を蹴り飛ばす。
ロックイーターが目に見えて動揺した。私から視線を外して、指に残った指輪の跡を凝視する。
チャンス到来!
エネミーに背中を向けて走った。指輪を拾い上げて建物の出口を目指す。
くやしげな鳴き声が響き渡った。振り向くとロックイーターが大きな牙をむき出しにして床を蹴る。
すごい顔だ。子供のトラウマになったら運営はどうするつもりなんだろう。
足を動かしながらスリングショットの照準を合わせる。
今までのは何だったのかってくらい簡単に命中した。指輪を取り返すことに夢中で回避なんてどうでもいいらしい。
階段を数段飛ばしで駆け下りて出口を目指す。
さすがに向こうの方が速い。エネミーがダンッ! と床を鳴らして跳び上がる。
このままじゃ追いつかれる。
でもエネミーは空中だ。どうやっても回避行動は取れない。
私は勝ちを確信して得物の照準を合わせた。発射されたクナイが突き進んだ先で赤い光を散らす。
ヘッドショット判定に遅れて、エネミーがびくんと背筋を反らした。稲妻のアイコンに遅れて巨体が床に墜落する。
「ウィンドさんの指輪は返してもらったよ。じゃあね」
エネミーに軽く手を振って建物の外に出る。
数十分ぶりにあおいだ青空は何ともすがすがしい色合い




