第23話
ダンジョンの最奥にいるボスエネミーを倒すと魔法陣が現れる。
私たちはその魔法陣を使って街に転移した。
幻想的な景観から一転して、緑やオレンジが織りなすなごやかな光景が視界を満たす。
サムライさんはログアウトするらしい。別れのあいさつを交わして、一人ジョブ選択ができる場へと向かう。
その場は職業ギルド。カウンター越しに受付嬢と言葉を交わす。
戦士や魔法使いなど色々なジョブがあるそうだ。
私は考えた末に盗賊を選んだ。
ジョブを設定すると一部のステータスに倍率補正が掛かる。AGIに特化させている私のアバターには盗賊の適性がある。
ジョブは成長する。
エネミーとの交戦で経験値を得るか、ジョブクエストを達成することで特殊なスキルやアビリティを入手できる。
魅力的な響きだけど、まずはジョブを設定しないと始まらない。ジョブクエストを受注した身で職業ギルドの建物を後にする。
クエストの内容はいたって簡単。森の奥に建てられた洋館から指輪を盗んでくることだ。
洋館はこの前ウィンドメイジと戦った森にあるらしい。
怖いのは苦手だけど、二度目になれば多少はましだ。薄暗い森の中を突っ切って目的地へと足を進ませる。
本当に洋館があった。木々にかこまれたスペースの中にそびえ立っている。
元の色は見る影もない。伸び放題のツタやコケが外壁を緑に染め上げて、割れた窓ガラスが室内の様子をうかがわせる。
幽霊屋敷を絵にしたような光景だ。
「ここに入るの嫌だなぁ」
帰ろうかな。
でもせっかくここまで来たんだ。何もせず回れ右はもったいない。
意を決して玄関の扉に近づく。
取っ手を握る前に扉がバタン! と勝手に開いた。思わずびくっと身を震わせる。
洋館の中からは何も出てこない。
「驚かせないでよ、もう」
あらためて足を前に出す。
外装に違わずエントランスも荒廃している。ソファーからテーブルまで何もかもボロボロだ。
廊下と部屋を隔てるドアもその機能を失っている。ほこりくさい部屋に入って目的の物を探す。
「ひっ⁉」
突然物音がして変な声が出た。
周囲を見渡すものの誰もいない。小さく安堵のため息をつく。
玄関でも驚かせておいて何もなかった。そういうの本当に勘弁してほしい。
「ひゃっ⁉」
今度は体がぴょんと跳ねた。バッと天井を見上げる。
音の源は真上。やっぱり何かいる。
「いい加減にしてよ、もう!」
恐怖よりも苛立ちが勝った。逃がしてなるものかと二階を目指す。
階段を駆け上がって目的の部屋に踏み入る。
思わず目を見開いた。
「ウィンドメイジ⁉」
かつて倒したミイラエネミーが室内に浮いている。
あわててスリングショットの照準を合わせる。
何故かエネミーの方もぎょっとした。
「ま、待て小娘! 撃つな!」
「え」
思わず目をぱちくりさせる。
しゃべった。ウィンドメイジが。
「言葉を話せるの? この前戦った時は一言もしゃべらなかったのに」
「ん? ああ、君はあの時の」
私のことを覚えてるの? NPCなのに?
もしかして、ウィンドメイジを倒したプレイヤーにはこういうイベントがあるってこと?
思考をめぐらせる私の前でエネミーが言葉を続ける。
「あの時は助かったよ。君に攻撃された衝撃で我に返ることができた」
「乱心してたんですね」
「ああ。名乗るのが遅れたな。私はウィンド。洋館の主だった者だ」
「人間だったんですか?」
「生前はな。死者蘇生の術式を研究していたのだが、魔法が暴走して巻き込まれてしまったようだ」
ウィンドメイジが視線をずらす。
視線を追った先には写真立てがあった。男性と女性が仲よさそうに笑って一枚の写真に収まっている。
「女性はあなたの?」
「ああ、伴侶のアナだ。病で没してな、私は彼女を生き返らせるために魔法を研究していた」
「それが死者蘇生の魔法ですか。ここには研究を続けるために戻ってきたんですね」
「いや、このままいてはまた暴走してしまうから、私はもう成仏しようと思う。でも一つ心残りがあってね」
「心残り?」
ウィンドさんが内容について語り出す。
心残りは奥さんに贈った指輪。魔物に奪われて行方知れずらしい。ウィンドさんは成仏する前に一目見たいのだとか。
一通りお話を聞いたところで長方形のウィンドウが浮き上がった。
クエストだ。魔物から指輪を取り戻すように記されている。
これ、受けちゃっていいんだろうか。
私が盗賊として盗むように言われてるのは、その指輪なんだけど。




