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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第20話


 ミザリのお店に立ち寄った。顔を合わせるなりイベント入賞を祝われて照れくさい気持ちになった。


 お金に余裕はあるけど無駄づかいは禁物。威力重視のクナイ型を何本か購入して目的地を目指した。


 足を運んだ先はオブシダ洞窟。そこら中で鉱石が伸びている場所だ。


 良質な鉱石が採れるエリアとしても知られている。推奨レベルを超えたプレイヤーも装備作成や素材屋を営むために通っているそうだ。


 私もその恩恵にあやかるべくピッケルを振り上げた。


「えいっ!」


 発掘ポイントへ向けてピッケルを振り下ろした。カンッと甲高い音に遅れて鉱石が地面の上を転がる。


 発掘ポイントは決まった場所に設置されているものの、その状態は一定じゃない。誰かが発掘道具を振るうたびに、その結果によって割れ目の形状や深さが変わる。


 そんな仕様だからプレイヤー同士で喧嘩になるらしい。


 私も鉱石を掘った身だからよく分かる。


 もし希少な鉱石が顔をのぞかせている時にピッケルが無くなって、すぐ近くに他のプレイヤーがいたらと思うと腹の底から何かがこみ上げる。


 ピッケルを犠牲にして得たレアアイテム入手の機会を、どこの誰とも知れないプレイヤーにかっさらわれる。現場に出くわしたらくやしくて涙が出るかもしれない。


 あまりにも不満が大きかったためか、もうしばらくすると発掘ポイントの状態がプレイヤー個人で保管されるようになるらしい。


 それまで待っていられないから、私はこうして掘っているんだけど。


「こんなところかな」


 レアドロップはなかったけど発掘を切り上げた。奥への道のりを歩みながらあっちこっちに視線を向ける。


 一部の鉱石が鈍い光を発している。ふと天井をあおぐと、半透明な無機物結晶がつららのように垂れている。


 どこを見ても結晶だらけの洞窟内は本当にきれいで幻想的だ。ピッケルで掘り出すのがもったいなく思えてくる。


「えいやあああああっ!」


 奥の方から気合いの入った声が聞こえてきた。


 声の高さからして女性のものだ。誰かが奥の方でエネミーと戦っている。


 加勢しよう。


「いい人だといいな」


 期待に胸をおどらせながら駆ける。


 声の主はそれほど離れていない場所にいた。


 高そうな和服にさらっとした金色の髪。和風の様相に違わず、白い手には一本の刀が握られている。 


 強烈な既視感のある少女と相対するは五体のオオカミ。そのどれもがキラキラしている。


 体全体が結晶によって構成されているようだ。どこまでも無機質で非現実味があふれている。


「加勢します」


 ただ黙って見ているのも忍びない。オオカミの頭部にスリングショットの照準を向ける。


 カツンと硬質な音が鳴り響いた。


 あまり効いているようには見えない。狙いを足元に変更して麻痺クナイを射出する。


 クナイが弾かれて地面の上を転がる。


 状態異常は発生しない。

 

 その一方でオオカミが体勢をくずした。重力にいざなわれて奈落の闇へと消える。


 私のログが更新された。なけなしの経験値とマニーがエネミーの末路を物語る。


「オーゥ、ナイスプレイ!」


 金髪少女がはしゃいで別個体のかみつきを回避する。


 一匹ほうむったことで二匹のヘイトが私に向けられた。


 弾かれたのを見るに、刺突属性のクナイは効果が薄そうだ。弾を鉱石に変えて射撃を繰り返す。


 鉱石を使って容易に弾かれる。


 でも牽制にはなる。


 見たところサムライ少女の攻撃は効いている。刀の刃が欠けそうだけど、どういうわけかダメージが入っている。


 それならサムライ少女を攻撃の主体にすえればいい。ひたすら援護射撃に徹する。


 私のアバターの長所は速いこと。寄ってくるモンスターの攻撃を避けつつ、サムライ少女を狙うオオカミの頭部を側面から狙う。


 私を噛もうとする悪いオオカミには、もれなく切り捨てごめん! の掛け声と斬撃が与えられる。


 最後のオオカミがガラス細工のごとく砕け散った。


「いやー助かりマシた。ありがとうございマス」


 思わず目をしばたかせる。


 察してはいたものの、和風サムライからお手本みたいなカタコトが飛び出すとさすがに面食らう。


 私は平静を装って微笑を作った。


「どういたしまして。役に立ててよかったよ」

「ねーねー、もしかして前回のイベントで三位になった方じゃないデスか?」


 初対面など何のその。サムライ少女がぐいぐいっと迫る。


 勢いにおされて首を縦に振らされた。


 整った顔立ちがぱぁーっと明るみを帯びる。


「やっぱり! その忍び装束はそうだと思ったんデスよ。もしよければ奥まで一緒に行きませんカ? 色々お話聞きたいデス!」

「うん、いいよ」

「ありがとうございマス!」


 サムライ少女がこれでもかと目を輝かせる。


 今にも飛び跳ねそうな満面の笑みだ。見ているだけで私もうれしくなってくる。


 太陽のような笑みとはこんな笑顔を言うのだろう。リアルでも人なつっこい笑みで周囲を魅了しているに違いない。


 視界内で一つのウィンドウが浮き上がった。電子的な文字で『パーティに参加しませんか?』と表示されている。


 パーティを組んでいるプレイヤーは得られる経験値やレアドロップ率が上がる。


 断る理由はない。私は『はい』のボタンを押した。


 視界の左上。私のプレイヤー名『ヒナタ』の下に『SAMURAI』の文字が表示される。


 サムライさんと肩を並べて歩みを進める。


 道中何を話そうかと迷っていると、サムライ少女が話を振ってきた。


「さっきの立ち回りすごかったデスね」

「エネミーを地の底に落としたやつ?」

「それもすごかったデスが、やっぱりバビューンと走るやつですねー。みんな面白いほど私におしり向けてマシた。あれ狙ってやったんデスか?」

「うん。私の攻撃じゃダメージの通りが悪かったから、サムライさんの援護に注力しようと思って」

「器用デスねーさすがジャパニーズニンジャ。イベントの時も逃げるプレイヤーに引導を渡してまシタし、かっこいいデス!」


 純粋なほめ言葉が照れくさい。


 面映ゆさに耐え兼ねてサムライさんの腰元に視線を落とす。


「サムライさんは刀で戦ってましたけど、あのオオカミって斬れるんですか?」

「斬れるというよりは削れると表現すべきでしょうネ。とどめを刺す時に体全体を断てる感じデス。他の方を見ていると打撃武器の方が通りはいいみたいデスけど」


 このゲームには武器にも属性がある。


 魔法における火や氷といった属性の代わりに打撃属性、斬撃属性、刺突属性を帯びている。 


 体が結晶のオオカミは、おそらく斬撃属性の攻撃に耐性を持っている。刀ではダメージが通りにくいはずだ。


「ちなみにサムライさん、打撃属性の武器は」

「持ってないデスよー」


 サムライさんが何で? と言いたげに小首をかしげる。


 聞いたことがある。


 敵の耐性や効率などそっちのけ。非効率だろうと決めた装備で突き進む。


 すなわちロールプレイにじゅんずる人々。この手のオンラインゲームにおいて大多数を占めるプレイヤーたちだ。


 きっとサムライさんもその一人。名前や装備から察するに、江戸時代まで存在したというさむらいを演じているとみて間違いない。


「サムライについて詳しく知ってるわけじゃないけど、サムライさんはござる口調は使わないんだね」

「え?」


 金髪サムライの笑みが固まる。

 

 あれ、私何かまずいことを言ったかな。


 思った矢先、サムライ少女が慌てたように弁解を始めた。


「ち、違いますよ! 忍者と会えた衝撃で忘れてただけで、いつもはちゃんとござる口調なんデスから……ござるっ!」


 ものすごく違和感のある語尾は、もはや最低限の誤魔化しとしてすら機能していなかった。


「そっか。細かいところまでロールプレイをしてすごいね」


 笑ってやり過ごすことに決めた。これ以上ロールプレイをほり下げるのは藪蛇やぶへびだ。


 私のフォローはうまくいったらしい。サムライ少女がえへへと顔をほころばせる。


「私すごいデス?」

「うん、すごいと思うよ。口調までなり切るのは疲れると思うし。私だったらそこまでやり切れないかな」


 この言葉は私の本心だ。


 髪型、服装、武器や口調。キャラを演じるだけでもこれだけある。


 前の三つを揃えるにはゲーム内通貨が必要だ。時間やお金だっていくらか飛ぶ。


 何より効率とロールプレイは相性が悪い。


 オブシダ洞窟での探索がいい例だ。


 時間内効率を上げるには打撃武器が必須。サムライさんはそれを放棄してサムライになり切った。好きじゃないとできないことだ。


「そっかー。私すごいデスか。えへへー」


 サムライ少女が照れくさそうにはにかむ。


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