第15話
イベント当日。私は仕立てた装備でいつものルートを走ってみた。
走ってるだけなのに新鮮な気分だった。
当初はわきや太ももがすうすうして気になったものの、慣れると風と一体化したみたいで逆に心地よかった。
植物や鉱石の採取を終えて、イベント会場となる広場に足を運んだ。
広場は人影で埋めつくされていた。普段がらんとしている空間がプレイヤー同士の雑談でにぎわっている。
広場の中央を飾る噴水の上に光の球体が浮き上がった。光が弾けて白いもわもわが現れる。
まるで雲みたいだ。くりんとした目の下にある口が開いて、拡張された声が広場全体に伝播する。
雲を模したキャラクターは運営のアバターらしい。可愛らしい声がイベントに関するルールを説明する。
イベントはバトルロワイヤルと謳っているものの、必ずしも他プレイヤーをキルする必要はない。
ランキングに載る条件はフィールドに落ちているコインを多く集めること。プレイヤーキルは他プレイヤーからコインを強奪する手段でしかない。
聞けばこのイベントはサーバーごとに行われるらしい。この広場だけでもすごい人数なのに、サーバーを合計すると出場者は何人になるんだろう。
運営が号令をかけた。周りの歓声に遅れて視界内が白一色に染め上げられる。
視界内が他の色を取り戻すと、私は自然あふれる場所にいた。
見慣れない地だ。一瞬頭の中が漂白されて、ハッとして近くの木陰に隠れた。念のためバシュ・ネ・モフィラの弾受けにクナイをセットする。
イベントではプレイヤーのレベルがリセットされる。アバターの性能は、装備格差とボーナスポイントの割り振りに大きく左右される。
私のアバターはAGIに全振り。慣性のスキルによる補助があるとはいえ直接戦闘は不利だ。
他プレイヤーとの遭遇を避けつつコインを集める。
そう方針を決めて木陰から飛び出した。靴音を抑えつつ木々の間を走り抜ける。
早速コインが見つかった。
それは想像した以上に大きかった。私の身長くらいありそうな金色の縁が宙でくるくる回っている。
触れるとチャリンとした音を発して消え去った。視界の右隅にあるカウントが1を出力する。これからコインの重みで動きが鈍くなることはなさそうだ。
連なるコインに導かれて坂を上る。
あれだけのプレイヤー数。遭遇を避けるにも限界がある。
有事に備えて身を隠せる場所を知っておきたい。高所で地形を確認すれば役立つ場面もあるだろう。
私と同じことを考えたプレイヤーがいた。
「ウァーオ! ジャパニーズニンジャ!」
どこの方⁉ サムライの格好してるけど絶対日本人じゃないよね? 金髪だし。
剣を抜き放たれる前に地面を蹴って離れる。
「待て―っ! いざじんじょうにショーブ!」
靴音が後方から迫る。
人を巻く際に大事なのは視界から消えることだ。
パルクールの要領で段差を駆け上がった。全力疾走で距離を稼ぎ、段差を隠れみのにして岩の陰に隠れる。
「はやーい! これが本場のくノ一なのデスねーっ!」
金髪のサムライさんが私に気づくことなく通り過ぎて行った。
気を取り直してコイン集めを再開した。高所から辺り一帯を見下ろして周囲の地形を確認する。
木々におおわれていて視認性は悪い。
でもコインが集まっている位置は把握できた。
コインが多い場所は魅力的だけど、他のプレイヤーも大量のコイン目当てで集まっている。
バトルロワイヤルの鉄則は弱者から狙うこと。乱戦になったら初心者の私に勝ち目はない。
幸い私のアバターは足の速さが売りだ。多少効率が悪くても安全にコインを集めるべきか。
早速斜面を下る。
進む先でプレイヤーの背中が映った。
まだ相手は気づいていない。これなら不意打ちで勝てるかも。キルして恨みを買うのは嫌だし顔は隠そう。
左手を顔に添えて左に引く。
あらかじめ設定しておいたショートカットアクションが起動して、顔が銀色のキツネ面におおわれる。
後頭部に照準を合わせて人差し指を引いた。弾受けから発射された麻痺クナイがプレイヤーの後頭部で赤い光を散らす。
「な、何だ」
男性が地面に倒れた。頭の上に雷のアイコンが浮き上がる。
アイコンがすぐに点滅する。やっぱりプレイヤー相手の状態異常は効果時間が短いみたいだ。
すぐに鉄鉱石をセットした。念のためMPを消費して【パワーショット】を放つ。
男性が光のポリゴンと化して砕け散った。
「おお、いい感じ」
手ごたえを感じて両手をぐっと握りしめる。
勝てる。AGI特化の私でも、他のプレイヤーに!