第103話
温泉に入った後はルイナさんと夕食を摂った。
釣りのたしなみがあるルイナさんからすると、魚の食感はリアルの魚を想起させらしい。鰆に似ている感想から話題を広げて色んな話が聞けた。
談笑を経て自分の部屋に戻った。
小休止を兼ねた仮眠。さすがに同じ部屋で寝るのは距離を詰めすぎと思って自重した。
浴衣姿で布団に入った。普段ベッドで寝るから不思議な心持ちになる。
「今日は面白いこと聞けたなぁ」
ステータスを上げることで一時的にスキルが解放される。
数値を微調整するのは小難しいけど、私のビルドでも他のプレイヤーみたいにスキルを取得できる。それが知れただけでも心がだいぶ楽になった。
「そうだ、まだ試してなかったっけ」
私は布団から上体を起こしてコンソールを開く。
ステータスを上げる方法はいくつか知っている。
レベルアップやボーナスポイントの割り振りに装備の変更。一時的なら食事も選択肢に入る。
私には他にも特殊な手法がある。
「どうなるかな」
自分のステータス画面を開いてから額に手を当てる。
視界内で青紫が発生した。数秒とせず薄れて空気に溶ける。
相変わらず左上のHPバーがぐーっと減る。
ステータス画面に視線を振ると、STRやDEFの値が大きく向上していた。
「やっぱり」
仮面は妖力のかたまり。妖力は鬼の身体能力を支えている。だったらステータスが大きく向上しても不思議はない。
数値が上がると圧巻だなぁ。特にSTRとAGIの値は三桁だから特別感がある。数値の上がり方から分析するに、AGIの値がそのままSTRに加算されているんだろうか。
「あれ」
ふとひらめいた。部屋に備えつけられている簡易倉庫を使って目的のアイテムを探す。
「あった」
アイテム欄から詳細画面を開く。
『妖仙樹の投弾弓』
AGI +53
アビリティ【仙手】
妖華のフィールドが実装される前にゼルニーオ・アルボロスからドロップしたレア武器。当時はSTRの値が不足して装備できなかった代物だ。
仮面を発現させている今なら条件を達成している。
「装備できるじゃない!」
ふわっと気持ちが浮き上がる。
始めて装備制限を見た時は絶望したけど今は手が届く。私も強くなったなぁ。
しみじみ。
「どうした、装備しないのか」
ポーチから声が聞こえて視線を落とす。
「するよ。ちょっと感慨にひたってただけ」
「人間はたびたび得物を変えるな。体の一部を次々に変えるのはどういう気分なのだ」
「体の一部ではないけど、そうだなぁ。うれしくなる感じ?」
「よく分からんな」
ニオは鹿だもんね。剣や槍なんて持ちようがない。
蹄鉄をあげたら喜ぶかな?
馬あつかいするなって怒られるか。
「嬉しくなるならダガーの方も更新したらどうだ。以前精霊王から褒美をもらっていただろう」
「え? あ」
そうだ忘れてた。
テイムすら苦戦する私が精霊と契約なんてずっと後だと思ってたけど、よくよく考えたらニオはペットである前に精霊だ。
「よく覚えてたねニオ」
宝刃シルヴェールの説明文には、特定の精霊と契約することで真価を発揮すると記されていた。ニオの場合はどんな変化をするんだろう。
視界が赤に浸食される。
私は一度仮面を外した。ハイポーションのビンを実体化させてあおぐ。
再び簡易倉庫をあさって目的のダガーも回収した。
「これって装備すると何か変わるの?」
「知らん。それは城に保管されていた宝だぞ。辺境に追いやられていた私が知るはずもあるまい」
「なるほど。じゃ手探りで確かめなきゃいけないんだ」
とりあえず装備だけしてみよう。
再び鬼面を出してダガーを『宝刃シルヴェール』に、スリングショットを『妖仙樹の投弾弓』に変更する。
両手にきらびやかな短剣が発現した。両腕の前腕がしゅるると蔓に巻かれる。ブレスレットみたいでちょっとおしゃれだ。
見たところ弾受けがないけど、どうやって弾をセットするんだろう。
「これスリングショットだよね?」
「私に聞くな」
武器のアイコンをタップして詳細文を開く。
【ヌル・アルボロスに憑依したゼルニーオより生まれしスリングショット。巻きつかれた者は妖仙樹が振るう力の一端を得る】
うん、さっぱり分からない。
アビリティの方に何か書いてないかな。
『仙手』
フュージョンバレットの性能変化。フュージョンバレット以外の攻撃は使用不可
「極端すぎない!?」
反射的に口元に手を当てる。
となりで寝ている人に迷惑をかけちゃう。大声は自重しないと。
「これは普段使いできないな」
でも性能は高い。ショートカットアクションを介した限定的な運用が適している。
ダガーの方も仮面を出さないと装備制限に引っかかる。どのみち常用は無理だ。
「どんなアクションがいいかな」
ダガーだし振る動作を設定する?
でもそれは斬る動作とかぶる。戦いの最中に切り替わったら装備制限に引っかかるから素手で戦う羽目になる。
浮かばない。
先にスリングショットから決めようかな。
どうせ装備中はフュージョンバレットしか使えない。弾を融合させる動作をショートカットにセットするとか。
いや駄目だ。そんなことしたらマシンガンスリンガーの装備中にフュージョンバレットを使えない。
難しい。
仮面を出してからコンソールを開いて装備変更するのは論外だし、どうしよう。
「先程から何だその動きは」
「武器を出すのに必要なの。鬼面を出してない時は別の武器を使うから」
視界が赤く染まり始めた。
やばい、タイムリミットが近づいてる!
鹿にもすがる思いで視線を振る。
「ニオ、何か案ない?」
「よく分からないが、鬼面をかぶる前提なら面を出す動作を使えばいいではないか」
「それ採用!」
コンソールからショートカットアクションを設定する。
仮面を外してふーっと一息ついた。
「ありがとうニオ。助かったよ」
「騒がしいから助言しただけだ」
あはは、と苦笑する。
ともあれショートカットアクションは設定した。試し斬りはどこで行おうかな。
カンカンカン!
金属質な音が響き渡ってどきっとした。
「な、なに!?」
音が連続する。何か伝えようとしているみたいで焦燥がつのる。
部屋のドアが開けられた。
「ヒナタ、よかった起きてたのね」
「ルイナさん。この音何か知ってる?」
「ええ。これは敵襲を知らせているのよ。きっと街の方で何かあったんだわ」
ルイナさんの身なりは浴衣から軍服じみた装いに変わっている。ここに何をしに来たのかは明白だ。
「行く?」
「もちろん!」
私は浴衣の衣装を外して忍び装束に着替えた。