第1話
短編【走るのが大好きで駆け回ってたら賞金首にされていた】の連載版です。
「日向。Ideal self onlineをやりなさい」
「やだ」
スマートフォン越しに小さな笑い声が上がる。
「えーなんでー?」
「言ったでしょ? ゲームに興味ないからって。揚羽こそどうしてそんなに私を誘うの?」
「んー? 今日聞いてみたら返事変わるかなーと思って」
思わず小さく吹き出して笑う。
そんな理由でごまかせると思ってるんだろうか。
「どうして下手な嘘をついてまでゲームをやらせたいの?」
「はてさて、何のことだか」
「何か事情があるんでしょ? 話してよ。理由によっては遊んでみるからさ」
どうせ一人でやるのが寂しいからだろうけど。
そう思ったものの、意外と沈黙が長引いた。
もう一度問おうかと思った矢先、スマートフォン越しに声が上がった。
「日向ってVRMMOは知ってる?」
「知ってるよ。クラスメイトもその話題でにぎわってるし」
「Ideal self onlineもVRMMOなんだよ。その中だと現実でできることは大体実現できるの。例えば、走ったりとか」
私は息をのんで足元に視線を下ろす。
私は陸上部に所属していた。中学の大会で結果を残して、高校には推薦で行った。
ちょっと学費がお高めのお嬢様学校。そこでも私は全力で活動して一年生レギュラーの座を勝ち取った。
私の快進撃はそこまでだった。脚を故障して、医師には全力で走るのはひかえるようにと言われた。
足元の地面がくずれ去ったような感覚にさいなまれて、その日はまくらに顔をうずめて泣きじゃくった。
私はもう力いっぱい走れない。級友の揚羽はそれをよく知っている。
「揚羽、私は」
「日向が言いたいことは分かるよ。でも部活を辞めてからずっと元気ないじゃん。私日向の弾けるような笑顔好きなの。日向が元気よく笑ってるところをまた見たいんだよ」
いつになく真剣な声色。揚羽が心から心配してるのが伝わってくる。
それがうれしくて口元がゆるんだ。
「分かったよ、試しにやってみる。でもゲームハード持ってないよ?」
「それは大丈夫。そろそろ届くから」
「え?」
ピンポーンと軽快な音が鳴り響く。
玄関へ向かうように言われて足を運ぶと、配達員に大きな箱を差し出された。
まさかと思いつつ手続きを済ませて部屋に戻った。スマートフォンを耳元に添える。
「届いた?」
「やっぱり揚羽なんだね。高かったでしょ?」
「まあねー。でも今日は日向の誕生日でしょ? ハッピバースデーってことで受け取ってよ」
だから今日贈ってきたのか。誕生日でもなければ私が受け取らないと思ったんだろうなぁ。
さすが揚羽。ここまでされたら受け取り拒否に罪悪感すら覚えてしまう。
「強引だなぁ。でもありがとう、すごくうれしい」
「じゃあ早速やってみて。善は急げだよ」
「そうだね。じゃあ待ち合わせしようよ」
「あーごめん。今日私読モの撮影あるの」
「そっか、分かった。今日は一人で触ってみるね」
「うん。きっと楽しいよー」
別れのあいさつを交わしてゲームハードを取り出す。
ヘルメットみたいなハードを被ってベッドの上に横たわった。電源を入れると意識が遠のく。
本日は4話投稿する予定です!
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