Episode:08
船が動き出す。
小さな岬を回り込むように出ると、正面にケンディクの町が遠く見えて、左右には大洋が広がった。
やっぱりいいな、と思う。
冬の海は灰色だと書いてある本もあるけど、この辺はそんなことはない。荒れさえしなければ、深い藍の色だ。
夏の輝く碧も好きだけど、この冬の藍もあたしは好きだった。
「……だっけ?」
「え?」
隣から話しかけられて慌てる。ぜんぜん聞いてなかった。
「えっと、ごめんなさい……」
「いいって! 海、見てたんだろ?」
優しいな、と思う。ふつうなら何か一言二言、言われて当たり前のところだ。
人は話してみないと分からないと誰かが言ってたけど、本当だと思った。
正直言うとアーマル君、イマドとよく一緒にはいるけど、無口でほとんど話したことがない。だから取っつきづらくて、無愛想な人だと思ってた。
でも話してみるとまったく違うのだから、ほんとに先入観というのは良くない。
「ごめんなさい。えっと……何?」
「いいからいいから。着くまで海、見てな」
そう言われて、お礼を言って、視線を海へ戻した。
けどケンディクはもう目の前だ。あと少ししたら港へ入って、接岸するだろう。
何となく持ってきたメモを見る。「ケンディク市ノワイン3-4」と書いてあるけど、これが存在しないんだから世の中謎だ。
――先輩が帰ってくるまで、待てばよかったかな?
でもせっかくアーマル君が、一緒に探してくれるというのに、断るのはちょと出来ない。
ただどちらにしても一日これを口実に、ケンディクの町を歩けるだろう。そう思うとちょっと楽しみだ。
そうしてるうちに港の中に入って、連絡船が速度を落とした。
動力が止められ、軽い衝撃と共に接岸する。
「気をつけて行っておいで」
「はい、ありがとうございます」
船頭さんに挨拶をして、船を後にした。
「どこだろな?」
「どこだろ……」
歩き出してはみたものの、皆目見当がつかない。
ユリアス第二の都市と言われるだけあって、ケンディクは広い。それを探し回るとなると、かなり大変だ。
「軌道バスに乗って……だとは、思うんだけど」
「行ってみるか」
列車の駅近くの、停留所へと足を向ける。軌道バスに乗るのは、実は初めてだった。