Episode:55
「なんかその、すみません……」
「気にするな少年」
俺が笑いながらも謝ると、教授は笑ってひらひらと手を振った。
「もともと実地調査自体は、行く予定だったからね。同行者が2人くらい増えてもどうにかなるし、何より現地を知る人たちだ。誰も文句は言わないよ」
言って教授が、今度はジュマさんの方を向く。
「ジュマ君、大学の入学試験は来月だ。編入になるか通常の受験になるかは、調べないと分からないが、まだ頑張れば間に合うぞ?」
「え……」
あと2ヶ月弱で準備しろとか、ムチャクチャなことを言われて、ジュマさんが呆然とする。
「頑張って受かったら、キミもニルギアに連れてってあげよう。なに、勉強は見てあげるよ。だから死に物狂いでやってみなさい」
教授にウインク――気持ち悪いです――されて、ジュマさんががっくり肩を落とした。
「教授の死に物狂いって、マジで死に掛けるじゃないですか……」
「大丈夫大丈夫、今までだって死んじゃいないだろ?」
話しからすると教授、前科があるみたいだ。それにあの嫌がり方だと、文字通り死に物狂いなんだろう。
――何するんだろ?
ちょっと興味が湧く。もしかして、時間内に解かないと焼け死にそうになるとか、教授の扮した緑怪人にボコボコにされるとか、そういうのなんだろか?
だとしたらさすがに、ジュマさんが気の毒かもしんない。
やり取りを見てるおじいさんは、すごく楽しそうだった。
「ほれ、ジュマよ。勉強せんか。さもないと、ワシらと一緒にニルギアへは行けんぞ?」
てか、しっかり煽ってるし。
そんなやり取りをみながら思う。
今までほとんど意識したことのなかった、ニルギア。行ったことはもちろん、見たこともない故郷。
そこへ行けば、何かきっと分かると思う。
分かってる。行ったからって、親父やおふくろが生き返るわけじゃない。俺の住むとこがあるわけでもない。
でも行ったら、何かが始まるはずだ。
「それにしても、こんな日になるとはの。ニルギアを出てから、今日は最良の日じゃ」
「まったくですな。こんな日があるから、人生はやめられませんわ」
年寄り2人が笑う。
会話の意味は俺には、分かるようで分からない。けどいつかきっと、分かるようになるんだろう。
「せっかくじゃ。今日は宴と洒落込むかの?」
「おぉ、いいですな。すぐ手配しますよ」
「む。施しは受けんとあれほど――」
笑いながらの、さっきと同じようなやり取り。きっと2人とも、分かってやってるんだろう。
「なになに、私が用意するのは、この少年への祝いの宴ですぞ? まぁ後見人のイファ殿にも、客人として来ていただきますが」
「そうか。それなら仕方ないの」
俺たちも笑いながら、そのやり取りを聞く。
その日は夜遅くまで、ニルギアの太鼓の音が響いた。




