Episode:53
おじいさんがまた笑う。
「うむ、何のことか分からんじゃろうな。むしろ、分かるほうがおかしいの」
ひとりで頷きながら、話を続ける。
「恨むというのは要するにの、昔あったことに心が縛られておるということじゃ。分かるかの?」
「ええ、それはまぁ……」
この辺は心当たりがあるのか、ジュマさんも同意した。
「いい子じゃ。それでの、ジュマよ。過去に囚われておっては前へ進めん。進んだとしても曲がってしまって、道を踏み外す。これは時間の無駄じゃろう?」
「あ……」
ジュマさんがはっとした表情になった。
「そなたが悪くないのは、ワシもよう知っとる。本当に運がなかったし、理不尽な仕打ちじゃ。じゃがそれを恨んでも、何も戻って来ん」
お爺さんの表情が一転して、悲しいものになる。
「何も、戻っては来ん。ワシの親も兄弟も、あの大地での暮らしも、何ひとつ戻らん……」
静かなのに、耳を塞ぎたくなるほど辛い言葉。
俺もジュマさんも教授も、みんなワケが分からないまま、いろいろ無くしてるけど。
でもいちばんヒドイ目に遭ってるのは、おじいさんのはずだ。本当に何もかも無くしてしまって、しかもこんな年になるまで、帰ることさえできないのだから。
「のう、ジュマよ。そなたはまだ若い。ワシの半分も生きとらん。じゃから、まだまだやれるはずじゃ」
おじいさんの言葉は本当に悲しくて……なのに不思議と力強かった。
「そなたはたぶん、この子の……アーマルの持つティティの血筋を前面に出せば、人が集まると思ったのじゃろう?」
指摘されて、ジュマさんが視線をそらしながら、小さく頷く。
その頭を、おじいさんが手を伸ばして、ぽんと叩いた。
「自分に自信を持て、ジュマよ。たしかにそなたは血筋は分からぬし、大学へも行きそびれた。じゃが大学に入ったのは実力じゃし、この東地区で人を束ねているのも実力じゃ」
言われたことによっぽど驚いたのか、ジュマさんが瞳を見開く。
「自分を正当に評価することと、卑下することと、過信すること。どれも紙一重じゃ。踏み外してはならんが、自身をきちんと見れぬ者には、未来はないのじゃよ」
しばらく押し黙ったあと、ジュマさんが口を開いた。
「俺にはよく、分かりません」
それを聞いて、おじいさんと教授とが笑い出す。
「それでいい、それでいい。それこそが正しい道じゃ。悩んで迷って見つけるもんじゃ」
「そうそう、イファさんの言うとおりだ。ともかくジュマ君、さっきも言ったが大学へ来なさい。そこからやり直したって、まだまだ時間はあるよ」
年寄り2人の言うことが妙に説得力あるのは、やっぱり修羅場くぐってるからだろう。
俺らの言う「最前線」とはまた違うけど、この人たちも別の種類の最前線で、バトルしてきたはずだ。
そんなこと考えてる俺に、おじいさんが向き直る。