レオナルドとマリアンヌのダンスパーティー
これまでの作品を読んでいた方はお久しぶりです。アナグラムです。
約一年半ぶりに復帰しました。またゆっくり書いていこうと思います。
今作はリハビリも兼ねた作品です。最後まで読んでいただければ幸いです。m(_ _)m
「あの~起きてますか~。もう朝ですけれど~」
煌びやかなドレスに身を包んだどこか可愛らしい令嬢が木製のドアを叩きながらドアの向こう側に問いかけるように叫ぶ。だが、それに対する反応は一切なく、まるで誰も中にいないのではと思えるほどに静まりかえっていた。
令嬢はいつもどおりかと少し呆れながらドアを鍵で開ける。このドアの鍵は部屋の中の人物からもらった物だ。書類が溢れかえっており、かろうじて歩ける隙間を見つけながら部屋の中を進む。窓には暗幕が張ってあるため、ほとんど光は入ってこない。廊下の明かりを頼りに窓まで行き、暗幕を思い切り剥がす。
すると部屋の中に光が入り、その様子が明らかになる。部屋の主人は書物の中で倒れるように気持ちよさそうに眠っている。彼の生活を知らない者が見れば死んでいるとも考えられるような現場だ。
令嬢はその男性に近寄り、体を揺する。この男性はなかなか起きないことは知っていたので大きく、何度も揺さぶる。
「起きてくださ~い。もう朝ですよ~」
「....うぇ?」
「起きてください。いい加減自分1人で起きれるようになってください」
「..うぁ?」
「起きろって言ってんでしょうが! 起きなさい!」
寝ぼけたように返事をする男性にしびれを切らしたのか、彼女は男性の頭を思い切りしばいた。
「うっ」
男性はその痛みで目を覚ます。上半身を起こして目を擦りながら窓から差し込む光に目を細め、次いで目の前にいる令嬢に目を向けた。
「ああ、おはよう。マリアンヌ」
「おはよう。じゃありません! 昨日あれほど夜更かしはしない様に言ったでしょう?」
「ごめんよ。昨日は新しい式を考えてたんだ」
「それをしてたら明け方だったと?」
「うん、反省してるよ。でも今回の式は素晴らしいよ。また今度見せるよ」
悪いと思っているのだろう。弱ったように眉を下げる男性を見てマリアンヌは溜飲が下がってしまう。怒ろうという気も失せ、呆れた様にため息をつき、額に手を当てて言う。
「はぁ。それはまた今度見せて貰います。ところでレオ様、今日が何の日かご存じですか?」
「え、今日は....ああ、思い出したぞ。マリアンヌとのピクニックの日だ」
「それは明後日でございます」
「あれ?」
「いいですか。今日はこの学院のダンスパーティの日です」
「ああ! そういえばそうだった! 昨日言ってたね!」
昨日言ったと言うのに本当に忘れていた事に少しため息をつく。この男はいつもこうだ。他人や周りに全く興味が無く、自分の研究にしか頭のリソースを割かない。興味のあることにはとことんのめり込むが興味の無いことには一切見向きもしない。こんな男が婚約者だなんて、とマリアンヌは何度も頭を抱えたものだ。今ではすっかり慣れてしまったが。
「はい。きのう、言いました。ところでダンスは踊れますよね?」
「ああ、それは任せてよ! あのじじいに仕込まれたからね」
「そうですか。では服は?」
「持ってるよ! あのじじいから貰った!」
「では、着替えましょうか。そしてパーティに向かいましょう。準備が終わる頃には始まる時間です」
「え! まだ朝なのにパーティするの?」
「....あなたの準備に数時間かかるでしょうが。そうしたら昼頃にパーティですよ」
「あ、そっか」
自分は一応16歳の貴族を相手にしているのだよな? と疑問に思いつつもマリアンヌはせっせと服を取り出し、髪を整え、その男性を小ぎれいにしていった。
***
レオナルドの準備は予想通り数時間かかり、パーティ会場に着いたときにはちょうど始まる時間だった。
会場内には学院に通うこの国の貴族子女達がドレスやタキシードに身を包み、談笑をしていた。学院に通う子女とはいえ、貴族。腹芸が達者な者達がごろごろといる。学院のなかでも貴族が集まればそれはすぐに腹の探り合い、弱みの探り合い、媚びの売り合いへと変貌する。
しかし、そんな事はこの男には関係無かった。研究以外に興味を示さない彼はこの場にいる貴族子女達の爵位や名前を全く覚えていない。そのため、貴族らしく腹の探り合いなど出来ないのだ。相手が分からないのだから探りようもない。
とは言っても、他の貴族達は彼の事を知っている。彼はちょっとした有名人だからだ。
「おお、クロノ公爵殿。お越しになられていましたか。どうです? 研究の方は」
少し老け顔の青年がまるで中年親父のような口調でそう言って彼に近寄っていく。クロノと言うのは彼の上の名だ。
「え~と、まあ、いい感じですね。え~っと、あなたはその..」
「レオ様。彼は同じクラスの方ですよ」
隣に立つマリアンヌがレオナルドにささやくように耳打ちする。
「分かってるよ。あれだろ、あれ。えっとベルなんとか子爵の息子。名前は~なんて言ったかな。ロールリンド? みたいな感じ」
「全く違いますよ。ベルグランド伯爵家のご長男です。名前はローランドです」
「ああ、そうそう。惜しいね」
「惜しくないです」
そんなマリアンヌとの会話を見て目の前にいるローランド伯爵は顔を引きつらせていたがなんとか笑顔を保っていた。
「ま、まあ、覚えていらっしゃらないと言うこともございます。どうか以後、お見知りおきを」
「ああ、覚えておくよ! 多分!」
「では、私はこれにて..」
ローランドは覚えられていないことがショックだったのか少しうなだれた様子で頭を下げ、レオナルドの前から立ち去った。
「ねえ、マリアンヌ。彼、大丈夫かな。元気なさそうだったけど」
「大丈夫ではないでしょうね。彼、あなたに一回、挨拶してますから」
「え、そうなの?」
「そうですよ」
レオナルドは驚きに目を剥くが、マリアンヌとしてはいつもの事なので気にしない。それよりも自分の挨拶が出来ない事を気にしていた。まあ、しなくてもマリアンヌの家は大丈夫なのだが。
レオナルドが考えを巡らしていると音楽が流れ始める。ダンス開始の合図だ。
「マリアンヌ。音楽が流れ始めたよ」
「そうですね。ダンス開始ですよ」
「じゃあ、踊ろうかマリアンヌ!」
無邪気にそう言って笑うレオナルドに頬を緩ませながら「はい」と言ってマリアンヌはレオナルドの手を取ってくるくると回り始めた。
何曲か踊ったところでレオナルド達は踊るのを止めて食事を楽しみ始める。レオナルド達以外にも食べている者、踊っている者と別れて各々がパートナーと一緒に行動したり、仲間内で楽しんだりしている。
「ねえ! マリアンヌ! これ! おいしいよ!」
マリアンヌが会場の様子を眺めてると横からレオナルドが語りかける。その様子は投げたものを拾ってきた小型犬のように嬉しそうで思わず抱き攻めたくなる可愛さだった。
「ええ、レオ様。いただきますわ」
「はい、あ~ん!」
「え、えっと」
レオナルドが差し出す料理を自分の手で食べようとしたマリアンヌの口元にレオナルドが料理を運ぶ。思わぬ行動にマリアンヌはドキッとしてしまい、顔が少し紅くなってしまう。
「いいから! ほら、あ~ん」
「あ、あ~ん」
マリアンヌの口に料理を入れて食べさせたレオナルドは再度嬉しそうに微笑む。
「どう? おいしい!?」
「はい、おいしいです」
「やった!」
自分が作った訳でもないのに嬉しそうにガッツポーズをとる。
そんな風に2人が甘い時間を過ごしている時だった。
「ここにいる皆の者! 聞いてくれ!」
壇上に立った男性が叫ぶ。綺麗な金髪を短く切りそろえ、彫りの深い目鼻立ち、均整のとれた肉体。放っておいても女性が群がってきそうな容姿をした男性――この国の第2王子だ。
ダンスの音楽も止まり、踊っていた人も足を止め、一名を除く皆が王子の方を見る。
「私はここでジュリー・ロスタマリア子爵令嬢を新しき婚約者とすることを宣言する!」
その一言で会場はざわざわとした雰囲気に包まれる。
それもそのはず。第2王子であるアスハルトにはもうすでに婚約者はいるのだ。つまり、その婚約を破棄し、ジュリーと言う者と婚姻を新しく結ぶということ。さらに驚くべきことにアスハルトの婚約者はマリー・レノリアムと言って公爵家の令嬢だ。対して、ジュリーは子爵の令嬢でしかも庶民から愛人の子として引き上げられたと学内で話題になった人物だ。
「私の元婚約者であるマリーはジュリーをいじめ、辱め、挙げ句の果てに傷を負わせた! このような蛮行、許される事ではない! マリー! 前へ出ろ!」
視線がマリーと言われる人物に集まる。マリーはゆっくりと歩を進める。靴と地面がぶつかる音が聞こえるほど、その場は静まり返っていた。これから、どのような事になるのかと皆が固唾をのんで見守っている。
「マリアンヌ! これ! これ、おいしい!」
静まり返る会場に場違いな声が響いた。
「レオ様! 今は空気を読んでください!」
小声で、口調を強めてマリアンヌはレオナルドを注意した。
「え、だって、これおいしいよ?」
「今はそういうことを言う雰囲気じゃないでしょう? あともう少し声を抑えてください」
「あ! これもおいしい! マリアンヌ! 食べようよ!」
マリアンヌの注意など全く聞かず、料理を手にして嬉しそうに頬張るレオナルド。そんな彼を会場の皆は驚いた目で見つめる。
「そこの者! うるさいぞ!」
断罪劇を繰り広げようとしていたアスハルトはレオナルドの方を向いて大声を上げた。だが、レオナルドはやはりそんな事は気にしない。「うまい!」「これもおいしい!」と叫び続けている。
その様子に会場に漂っていた緊張はほぐれていく。
その様子が思っていたものと違い、頭にきたのか、アスハルトはレオナルトに近づいて行き、黙らせることにした。
「おい、お前。うるさいぞ。少し黙っていろ」
「ん? 君は、えっと、どこかで見たぞ。待ってくれ、今思い出すから、あの、ほら、あれだ。え~と」
「アスハルト第2王子殿下ですよ」
王子の名を忘れているレオナルドにマリアンヌがささやく。
「あ、そうだ! アスファルト第2王子!!」
「アスハルトだ! 貴様! 不敬であるぞ!」
「....マリアンヌ、なんでこの人怒ってるの?」
「レオ様。今はいいですから黙っておいてください。後から説明します」
「ん、おっけー」
王子である自分の言うことは聞かないくせにマリアンヌには素直に従うレオナルドを見てアスハルトは怒りを募らせる。だが、今はそんな時ではない。後から父上に言いつけてやると決め、再び壇上へと戻った。
「邪魔が入ったが続ける。マリー。貴様はジュリーに傷を負わせたな?」
「いいえ、殿下。私、そのような事はしておりませんわ」
「嘘を言うな!」
「証拠はあるのですか?」
「証拠などジュリーが言っていたのだから十分だろう!」
「ねえねえ、マリアンヌ、あの王子は何で裁判官気取りなの? 法に詳しいの?」
またもや別の人の声が割り込む。会場の皆が振り向くとそこにはやっぱりレオナルドがいた。
「貴様! 黙っていろと言っただろうが!」
「王子。法に詳しいの?」
「法はそれなりに勉強している! それよりも何だその口の利き方は!」
「それなりじゃだめだよ。裁判官を気取るなら誰よりも詳しくなきゃ」
「うるさいぞ! 気取ってなどおらん!」
「気取ってるよ。気取ってないならこんな風にみんなの前で言わずに憲兵に突き出せばいいんだよ」
「ぐっ。確かにそうだが....」
「それにさ、王子の言うそれは証言であって証拠ではないよね。裁判官を気取るならそれくらいのことは知ってなきゃいけないよ」
「うるさい! いいから黙ってろ!」
「レオ様。殿下がお怒りですので黙りましょうね」
「は~い」
またしても自分の言うことではなくマリアンヌの言うことを聞くレオナルドに顔を引きつらせるアスハルト。もはや、会場は笑いがおきそうな雰囲気だった。
「仕切り直すぞ。マリー貴様は他にもいろいろやっているな。例えば陰湿な噂を流したり、陰で皆に避けるようにそそのかしたり。貴様は卑劣で卑怯なやつだ」
先ほどより少し威勢の弱くなったアスハルトの言葉。これだけレオナルドに邪魔されても続けるため、どうしても皆の前でマリーを断罪したいという風に会場の皆は捉え始める。
第2王子ともあろう者が恥を上塗りするような行為を繰り替えしていることに会場は徐々に呆れ始め、その空気は蔓延していった。
「婚約破棄を受け入れろ。マリー。貴様は王家の妻となるには相応しくない」
どっちが王家の人間として相応しくないのか。それは会場にいる誰しもが分かっている。レオナルドは今度こそ言いつけ通り、黙っているがマリアンヌが許可すればすぐにそれを口にするだろう。それくらい、分かりきったことだった。
故に令嬢は。
「分かりましたわ。殿下。婚約破棄を受け入れましょう」
「ふん! 最初からそうしておけ!」
「婚約破棄の事については我が父から陛下に報告がいくと思いますのでそれまでお待ちくださいませ」
「いいだろう!」
「それじゃあこの話はこれで終わりだね!」
レオナルドが割り込む。
「また貴様か! 貴様はマリーとは別で不敬罪で裁いてやるからな!」
「はいは~い。じゃあ、パーティ再開しようか! みんなもほら! 各々自由に楽しんで!」
王子が声を張り上げても全く気にせず我が道を行くレオナルドと叫び声を上げ、滑稽な様をさらす王子のやりとりに会場には思わず吹き出したもの達が続出した。
会場ではその後も王子は顔をしかめて苛ついていたが他の者はそんな王子を気にとめることもなく、各々が自由に楽しんだのだった。
***
数日後の午前。王の執務室には2人の人物がいた。1人はこの国の最高権力者であるガラクガゼルト王。そしてもう1人はレオナルド・クロノ公爵。
「クロノ公。そなたの言動について我が息子が怒っておったぞ」
「おや。そうでございますか。まあ、分かっておりましたが」
「公は王家に対する忠誠や恐怖心と言うものは持ち合わせておらぬのか。もし、わしが不敬罪を適用すればお主の命は簡単に消し飛ぶかもしれないのだぞ?」
「ふふ。大丈夫ですよ。あなたはそんな事をしない人だ。それにもし、それをするような愚王であれば私はここにはいない。あなたは利益のある行動しかとらない」
「ふん。相変わらずいけ好かんやつだ」
「ならば罰しますか? あなたは知ってるはずだ。この国の最新の魔法技術、式は全て私が産みだしたもの。これからも私は様々なものを生み出していく。その利益をとるか、この先、大して魔法技術の進化もなく、周辺諸国に劣ってしまうという不利益をとるか。それを決めるのはあなただ」
「分かっておるわ。お主を切るような事はせぬ。利用価値がある内はな」
「私の価値がなくなることなどないさ」
王は自信満々に微笑むレオナルドに嫌な者をみるような目を向ける。もちろん、本気ではなく冗談でだ。
「ところでだ。公よ。そなたのマリアンヌ嬢の前で見せる姿。あれは直す気はないのか? それになぜ今回のパーティであのように目立つことを?」
「あのパーティはマリアンヌとのダンスパーティですよ? それを邪魔されたのでイラッときたのですよ。マリアンヌに見せる姿についてはそもそもあれは私が彼女に一目惚れをしてテンパった挙げ句とってしまったもの。今更こちらの姿を見せることなど...」
「もしや、恥ずかしいのか? うん?」
マリアンヌの話になった途端に少し顔を背ける目の前の人物に王はいたずら心が芽生える。普段は口答えしかせず、いけ好かないやつが恥ずかしそうにしているのだ。これをいじらない手はない。
「だがな、公。婚姻を結べばいずれは見せなくてはならぬ姿。今のうちに見せておいた方が良いと思うがな。なに、そなたの今の姿を見てもマリアンヌ嬢は幻滅したりはせんだろう」
「......マリアンヌが幻滅しないことなど分かっています。ですが...」
「恥ずかしいのだろう? ではわしが言ってやろう。レオナルド公は恥ずかしがり屋のため、自分では言えませんが本性はこうです。とな」
にやにやと笑みを浮かべてレオナルドを見つめる王にレオナルドは恨めしそうな目を向ける。
「どうした? 何か言いたいことがあるなら言うがいい」
「......自分でマリアンヌに言いますのであなたは何もしないでいただきたい」
「言えるのか? うん?」
「..時期を見て言います」
「早めに言わないとわしが言うからの」
「...このくそじじい」
「はっはっは! 何とでも言え、若造が」
「......もう行っていいでしょうか。この空間から一刻も早く立ち去りたいので」
「ああ、いいぞいいぞ。ほれ、さっさと愛しのマリアンヌ嬢の所までいってこい」
笑いを浮かべながら手を払う王に再度恨めしそうな目を向けてレオナルドは王の執務室を去った。
この後、レオナルドは無事に本性をマリアンヌに言うことができたが、今度はマリアンヌにも恥ずかしかったのか、といじられるようになったのだそうだ。二人は第2王子のように婚約破棄を言い出したり、貶めるようなことはなく、そのまま婚姻を結び、幸せに暮らした。
ちなみに第2王子は婚約破棄は認められたものの、新たな婚約は認められず、去勢手術をうけたあと隠匿生活を送っている。マリーは王子との婚約破棄後、新たな婚約を結び結婚。ジュリーは修道院おくりとなった。
レオナルドは晩年まで、新たな魔法を開発し続け、後世には魔法王として名が広がったのだという。
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