番外編 上島八重穂の話
紗絵は絶対に私に逆らわない。それは死んで霊になってからも。
紗絵は上島家の奴隷であり、特に、小さかった私の奴隷であり、どんなことだってやらせることができた。
そんな紗絵は私の母親、つまり紗絵の妹の癇に障って階段から突き落とされ、あっけなく死んだ。紗絵が、死んでから真価を発揮する人間だったと皆が気づいたのは、紗絵の体を焼いたその晩に、上島家が紗絵の霊に襲われてからだった。
紗絵の霊は悪霊と化して上島家中を吹き荒れた。尊大な父と輪をかけて尊大な母親は、手足を砕かれ、はらわたを引きずり出されて死んだ。祖父母も似たような末路だった。
私も殺されるのだと思ったが、「来るな!」と叫んだら紗絵は動きを止めた。
……上島家は、霊の使役に代々定評がある家だ。そして、私は、上島家で素質のある者たちの血を重ねた子供だった。
紗絵は、生い立ちからすれば私のことを両親や祖父母と同じくらい憎んでいておかしくない。なのに、言うことを聞く。
私には、紗絵を使役するだけの力があるのだと、その時確信した。
しかし、大人しくなった紗絵は、他の家から来た応援ですぐ捕まった。そして、その危険性を鑑みて祠に封印されることになった。私は、「私なら紗絵を使役できる」と反対したが、十に満たぬ子供の言うことなど誰も聞かなかった。
それでも、私の卓越した素質は認められたのと、上島家を運営するだけの人員は何故か紗絵に殺されず残っていたので、私が上島家当主ということで世界は回っていった。
けれど、紗絵は非常に強力な霊で、手元において使役できるならとても役に立つという思いはずっと残っていた。自分の素質と股を存分に活用して上島家を盛り立ててからは、なおさらその気持ちがつのった。
紗絵を手に入れて、私の手で上島家が使役できる霊にすれば、どれだけ私の上島家の役に立つことか!
そして、孫どころかひ孫の声を聞く歳になった頃、紗絵を閉じ込めた祠から、怨霊が開放されたと知った。
だから、できる限りの手を打った。最初は怨霊を懐柔して近づこうとしたが、うまくいかなかったので、怨霊の核を貫いて紗絵を切り離した。紗絵の霊は、来いと言ったら大人しくついてきた。
だが、ついてくるだけだった。飛び散った霊たちを始末しろと言っても、邪魔な家の要人を襲えと言っても、体を縮めるだけで何も動かないのだ。
ここまでして、なぜ。
「八重穂さま、裏切ったものが出たようです! 他の家からの追求が……!」
「うるさい! 紗絵が言うことを聞けば、全部蹴散らせる!」
だが、紗絵は胎児のように丸まったまま、決して動かなかった。