これからのことが嬉しくない
千歳が『お前の前ではもう泣かない』と言ってくれたのはホッとしたけど、俺のいないところでは多分泣くんだろうな。でも、支えるって言ってもらったのはありがたい。頼らせてもらおう。千歳、大人になったんだな……。
さて、今日はまた入院である。入院荷物を引っさげて、千歳とまた病院へ。前とは違う病室に案内された。前と同じ4床の部屋で、今はいないけど、ベッド周りの荷物からして他の人も入院してるっぽい。
「こちらの窓際の席です」
「ありがとうございます」
俺はベッドに荷物を降ろした。千歳が荷物の整理を手伝ってくれた。
『病院食まずかったらさ、3食作って持ってってやるからな』
「そこまでしなくていいよ、千歳だって仕事あるんだから。でも、お見舞い来てくれたらうれしい」
『うん! 毎日来る!』
そんな事を話していると、「お! 新入りさん?」と声をかけられた。見ると、ノッポのご老人とがっしりしたご老人がいた。
「あ、ここ入院されてる方ですか? 和泉と申します、抗癌剤治療で入院しました」
ノッポのご老人のほうが「ありゃー、若いのにねえ」と言った。
「兄ちゃんは何がん? 俺ねー、前立腺がん」
「精巣がんで……肺に転移しちゃって」
恰幅の良い方が頷いた。
「あー、前にもそういう人いたわ。玉一個取っちゃったんだろ?」
「そうですね、すぐ取ったんですけど転移しちゃってて」
「そっかー、俺は膀胱がん」
ここはがんを名乗りあう場所なのか? そういう風潮なのか?
ノッポの方は長田さん、がっしりした方は太田さんと名乗ってくれた。
「俺らここの暮らし長いからさ、わかんないことあったら何でも聞いてよ」
「ありがとうございます」
『和泉のことよろしくお願いします!』
暮らし、そうか暮らしか……【暮らす】と言うほど病院に長くいるものなんだな、がん治療って……。
千歳は、面会について説明を受けていた。1回30分、1日に3人までだそうだ。
『お前に見舞いに来たい人いっぱいいると思うし、でもワシ毎日来たいから、お前に見舞いに来る人にはまずワシに連絡しろって言ってくれないか? ワシも言って回るけど』
「わかった、言っとく」
看護師さんが「入院付き添いも、あんまり長時間は……」と千歳に囁いた。
『あ、そうですか……。じゃ、和泉、頑張ってな。明日も来るからな』
「うん、待ってる」
千歳は名残惜しそうに帰っていった。
そのあと、この病院で最初から診てくれている白髪交じりの先生が来て、これからの治療を改めて説明してくれた。BEP療法、3種類の抗がん剤を使う方法でやるそうだ、
抗がん剤、1クール3週間。俺はそれを2クールやる。それでも転移がなくならなかったら1クールずつ増やす。
抗がん剤は白血球をものすごく減らしてしまうのだそうだ。もちろん白血球を増やす薬を打つけれども、白血球が減りすぎたらクリーンルーム(無菌室)での治療になるんだって。無事抗がん剤終わっても、白血球その他の血液検査の結果が良くなるまで入院継続とのこと。
それから、抗がん剤の副作用を改めて聞かされた。脱毛に貧血、脱毛に吐き気、下痢や便秘、あとは食欲不振・味覚異常・口内の荒れなど多数。
先生はこう言っていた。
「抗がん剤って、基本的に細胞分裂が早い細胞を叩くんですよ。細胞分裂が早い筆頭ががん細胞なのでがんに効くわけなんですけど、抗がん剤は他の細胞分裂が早い細胞にもちょっと効いちゃうんですね。だから細胞分裂が早い毛根とか、消化管の表面とか、口の中に抗がん剤の副作用が出やすいんです」
「なるほど……」
そう説明してもらうと、納得しやすい。
その後、看護師さんが点滴を打ちに来た。
「え、もう抗がん剤打つんですか?」
「いえ、これはルート取りですね、前日から点滴入れておいて、明日から抗がん剤です」
点滴をされたまま寝るのは手術のときで少し慣れたが、また点滴がつくのか。大変だな……いや、そんなことで大変って言ってたら今後どうなる、副作用のオンパレードだぞ。
翌日、抗がん剤が始まった。吐き気止めと、BEP療法の抗がん剤第一弾、ブレオマイシンが入る。
俺は、点滴に一滴ずつ落ちる薬を眺めた。この薬で、俺は生殖能力なくなるんだな……。




