即日だとは思わない
千歳と一緒に駅前の大きい病院へ。総合病院みたいで、朝イチだというのにかなり混んでいる。これは待つぞ。
……と思っていたのだが、受付で紹介状を出して待っていると、なぜかかなり早く診察室に呼ばれた。昨日と同じ触診とエコー検査をして、いったん待合室へ。その後また呼び出されて検査結果。
白髪交じりのお医者さんは、こう言った。
「今日入院です、明日手術です」
俺はびっくりした。
「今日!? い、いきなり入院と言っても……」
「進行の早いがんなので。5日間入院していただきます。手術同意書にご本人とご家族のサインが必要です、手術について説明しますので、奥様にもサインをお願いします」
千歳に目をやるお医者さん。千歳は驚いたようだった。
『え!? ワシ!? えっと、ワシ和泉とはそういう仲じゃなくて、ただの同居人で……』
お医者さんは目を瞬いた。
「え、そうなんですか……えー、じゃあ、親御さんのサインをいただけますか」
「わ、わかりました」
そうか、父親に頼まなきゃいけないのか……必要以上に連絡取りたくないのに……いや、これこそ必要なことではあるな……。
「……父に連絡を取ります。今日入院ですね、一度荷物を取りに帰りたいんですが」
「そうしてください。先に手術について説明しますね」
左精巣の摘出は、袋を切ってやるんじゃなくて、左鼠径部を切って行うとのことだった。精巣からお腹につながる管もがんになっている可能性があるので、それを取り除くためとのこと。
「全身麻酔です、体感では一瞬で終わりますよ」
「そうですか……」
『そうなんですか……』
会計待ちの間に、俺は父親に電話をかけた。しばらくして、父親が電話に出た。
「おはよう、いきなりどうした」
「突然で悪いんだけど、がんになっちゃって」
「は!?」
「精巣がんで、進行が早いがんだから明日手術なんだ。家族のサインがいるんだ。急で悪いけど、サインしに来てくれないかな?」
「だ、大丈夫なのか!?」
「生存率は高いから、そこに賭けるしかない。今日来てくれる?」
「す、すぐに行く。どこの病院だ?」
「港栄台駅の近くの南部病院。今から一旦家に帰って入院の荷物取りに行くから、また病院に戻った時に落ち合えると助かる」
「わかった、今行くから、病院で待ってるから病院で待ち合わせよう」
「わかった」
とりあえず会計を済ませ、すぐ家に向かう。家で着替えやタオル、歯磨きセット、充電器、マスクなどをまとめ、また千歳と病院へ。受付を済ませてしばらく待っていると、父親からメールが来た。
「今、病院の入り口だ」
「受付の近くの席にいる」
「わかった」
入り口の方を見ると、父親がキョロキョロしていたので俺は手を振った。すぐ父親はこっちにやってきた。
「精巣のがん!? どこをどう手術するんだ!?」
「がんになった片方の玉を取っちゃう」
「ええ!?」
「片方は残るからさ。でも転移があったら、抗がん剤治療も必要なんだよね」
「ええ!?」
父親は、がん患者をだまして見殺しにしてきた。だから、親の因果が子に報いたんじゃない? と言いたくなったが、さすがにそれはこらえた。
しばらく待って、診察室に呼ばれたので父親を連れて行く。また手術の説明があって、父親は震える手でサインした。俺はホッとした。
「お父さん、これでとりあえず頼むことは終わり。あとはなんか連絡あったら対応して」
「わ、わかった」
「きっと暴走すると思うから、お母さんには言わないでね」
「わかった、上島ミツさんにもよろしく言っておく」
上島ミツさん、占い師の体で俺の母親を矯正してくれてる人。
「それなら安心だ、絶対来させないでね」
「わかってる。あと、おばあちゃんに伝えるか?」
「足骨折してしばらく入院って言っとくよ」
老後に心配かけたくないし、でも花の写真送れなくなるし。
「そうか……」
父親は目を伏せ、それから千歳を見た。
「千歳さん、息子をよろしく頼みます」
『は、はい……ワシ何もできないけど……』
俺は千歳の肩を叩いた。
「何言ってるの、千歳がいなきゃ気づけなかったんだよ?」
『それはそうだけどさ、手術とか何も役に立てないし』
「そりゃ手術はお医者さんじゃないとできないけど、でもいてくれてうれしいよ」
父親が「あんまり長く外出してるとお母さんに勘付かれる」と言うので見送り、その後、看護師さんに病棟へ案内された。4人部屋だったが、たまたまのタイミングで俺以外に患者はいないそうだ。
「じゃあ俺入院するから。大丈夫だから、千歳は帰りな」
『もうちょっといちゃダメか?』
不安げな千歳に、看護師さんが言った。
「感染症予防のために、面会は30分までです」
『ええ……』
「心配いらないから、帰りな?」
『明日の手術のとき来ちゃダメですか?』
千歳が看護師さんに聞くと、「それは別の扱いですが」と前置きの後、こう言われた。
「手術の行きと帰りに付き添いはできますが、手術の帰りまで病室には入れません。手術中は病院の待合室で待っていただきます」
千歳はごくんとつばを飲み込んだ。
『わ、わかりました』
「大丈夫だよ、明日よろしくね」
『うん……じゃあ帰るな。明日来るからな』
千歳は何度も何度も振り返りながら帰っていった。俺も名残惜しかったけど、気持ちを切り替えようと、荷物を出してベッド周りを整えていたらまた看護師さんが来た。
「採血をします。あと、明日の手術のために夕食後下剤を飲んでいただきます」
手術ってそんな下準備あるの!?
「手術に下剤っているんですね」
「下半身に麻酔をすると肛門の筋肉が緩むので、空にしとかないと出ちゃうんですよ」
「そんなからくりが……」
血を取られ、時間ができたので、即日入院なことを萌木さんに伝え。
「今日入院!?」
「そうです、今日から5日間。入院中に転移ないか改めて検査して、あったら抗がん剤でまた入院だそうです。でもそっちの予定はまだ全然分からないんで、また連絡します」
「わかった、とりあえず和泉さんの今週の仕事は全部巻き取るから」
「ありがとうございます、申し訳ありません」
俺のファンにも一応連絡した。
「精巣がんになっちゃった」
[がん!? そんな、あなたは死んでしまうのか!?]
「生存率は高いがんだから。でも進行早いがんだから明日即手術。後は転移がなければ安心なんだけど、転移があったら抗がん剤治療でまた入院」
[私に転移を消せるような力があれば……]
「そこは現代医学に頼るよ」
よし、これで大体連絡は済んだ。あとは明日の手術を待つだけだ。
……待つだけなんだけど、落ち着けなかったので、俺はスマホで精巣腫瘍のことについて少し調べた。手術についてはよく説明してもらったから、転移への抗がん剤治療について調べる。そして、精巣がんの抗がん剤治療で必ず起こる副作用を見て、俺は目を剥いた。
これは……これは絶対に千歳には言えない。自分としても割とショックだけど……千歳には、千歳には絶対に伝えられない!!




