あなたともっかい出会いたい
南さんに続いて、よく手入れされた広い日本庭園を横切り、敷地の奥へ進む。着いたのは、渡り廊下でつながってはいるものの、明らかに離れと言える位置にある建物だった。立派な瓦葺きの屋根、細かく組み合わせられた木の作りの壁。でも、渡り廊下の長さが、そのまま〈離しておきたい〉という意思を表しているように思える。
「狐たちによると、新しく封印がされている場所はここなのですが」
南さんの言を受けて、狭山さんが口を開いた。
「ここです、朝霧家の当時の日誌で、朝霧の忌み子を幽閉していたという所は。この地下の座敷牢です」
金谷さんが扉を調べる。
「探知よけの呪術がありますね、でも私達が入るには問題ないので、行きましょうか」
扉をガラガラと開け、中に入る。靴を脱いで上がると、茶室かと見間違うようなこぢんまりした和室が目に入ったが、床の間に当たる所に、なんだか違和感があった。少し幅が広いような……。
狭山さんが床の間に近寄った。
「……江戸時代から改装されてますね、こんなに隠すような感じではなかったみたいだし、もう少し人の出入りもしやすかったみたいなんですが」
金谷さんも近づいて、掛け軸をめくる。裏に、くずし字でびっしり何か書いてあった。
「ここ、しっかり呪術かけられてますね……今、解呪しますね」
金谷さんは掛け軸をひっくり返し、筆ペンを取り出して、文章を時々指でなぞりながら、塗りつぶしたり書き加えたりしだした。
「……この呪術、記憶操作が九割五分、封印についてはあとの五分くらいの割合です。なので、封印の解呪はできますが、やっぱり千歳さんの核がここを出たいと思わないと封印から本当に出てこられませんし、ここから出ないと記憶操作も解けないと思います」
俺は金谷さんに聞いた。
「記憶操作をそんなにやってるってことは、千歳の核の人は、やっぱり俺のこと思い出せないんですか?」
「そう思うべきだと思います。この形式の呪術だと、千歳さんの核は、生前のままだと思いこまされていて、生前の通りに閉じ込められて出られないと思い込んでいる可能性が高いです」
話しながら、なおも金谷さんの指と筆ペンは動く。
「……解けました! 狭山さん、今ならなんとなく千歳さんの核の状態を探れると思うのですが、どうですか?」
狭山さんは、掛け軸を取り去った壁を睨みつけ、しばらくじっとしていた。
「……ここからわかる限りでは、安定しています。少なくとも、荒ぶって不安定ではないようです。いきなり暴れ出すことはないと思います」
俺は、はやる気持ちを抑えて壁に手をかけた。
「じゃあ、俺入ります、いいですよね?」
板張りの壁は、横に押し付けるようにしたら、ガタガタしながら開いた。人一人なら十分通れそうなサイズの穴が空き、その先には薄暗いながら廊下と階段があるのがわかった。
「ちょ、ちょっと待ってください和泉さん」
狭山さんが俺の肩に手をかけた。
「なんですか?」
「あの、僕、和泉さんが千歳さんの核の霊に会うなら、忠告というか、その、知っておいてほしいことがあって」
「知っておいてほしいこと?」
千歳の核、何かあるんだろうか。連れ出すの失敗したなんてできないから、事前に準備できることがあるなら、それはすべきだけど。
狭山さんは話した。
「あのですね、僕が主に資料にしてるのは、当時、朝霧の家政を取り仕切っていた人の日誌なんですが、その中で、朝霧の忌み子については、幾度となく〈異形〉と記されてるんですよ……」
「異形、ですか?」
「どんな異形だったか、具体的な描写は少ないんです。当時は周知の事実だったんでしょうけど、そういうことほど記録には残りにくいので……だから、千歳さんの核が、どんな姿格好でも驚かないでください」
「当時で、異形って……何か、変わった姿だったんでしょうか?」
明らかに異様な姿かたちだったんだろうか? でも、昭和でも顔のあざだけでいじめられるわけだし、江戸時代ともなると、それこそ、本当にちょっとしたことかも……。
「明らかに変わった姿だった可能性も、もちろんありますが……ここからは、僕の推測なんですが。服着てたらすぐにはわからないタイプのものだった可能性も、十分あるんです」
「そんなちょっとしたことで、幽閉までされてたんですか?」
「……当時では、全然ちょっとしたことではなかったのかもしれませんし、現代だとしても、困ることだったかもしれないんです。その、他の資料をたくさん当たったら、朝霧の忌み子について〈孕むことも孕ますこともできない〉って記述があってですね。……もしかしたらと思うんですが、先天的に、不妊だってすぐわかる感じの体だったのかもしれない、と僕は思ってるんです」
「先天的に、不妊……」
「その、具体的に言うと、性分化疾患だった可能性がある、と思うんです。性分化疾患なら必ず不妊ってわけじゃないですけど、性器を見ても、男か女か判別できなかったのかもしれない。状況証拠ではありますが、どの資料あたっても、朝霧の忌み子の性別は書いてないんです」
「…………」
……もしそうなら、千歳が自分の性別を決めがたい説明がついてしまう。
もし、性別がわからないってだけで閉じ込められてたんだとしたら、本人は何も悪くない生まれつきのことなのに、どうしてそんな。
孕むことも、孕ますこともできない……。千歳が子孫繁栄にこだわる理由、もしかしたら、千歳の核の人が子孫を残すことが考えられない身体だったから、なおさら子孫を残すことが重大に思えていた、なんてことじゃないだろうか。本人が意識してのことじゃないかもしれないけど。
俺は、その場にいる全員によく聞こえるように、しっかり言った。
「……千歳の核の人が、どんな姿でも驚かないようにします。千歳が悪いことじゃ全然ないんだから、俺は千歳の核の人がどんな姿でも、連れ出してきます」
そう、俺は千歳の核の人を見つけ出して、連れてくる。元の千歳に戻ってもらうためなら、何でもやる。
そのためには、千歳の核の人に会って、何とか信用してもらって、出たいと思ってもらって、ここから連れ出さないといけな……。
そこで、俺は今の自分に思い当たった。俺は全然何も見えないし感じないけど、霊能力のある人から見たら、今の俺、大量の霊にしがみつかれまくってる怪しい人では?
「えっと、すみません、千歳の核の人を驚かせたくないんで、今俺にしがみついてる霊の人たち、俺が地下に入って出てくるまで、ここで待っててもらうことは……可能ですか?」
金谷さんと南さんが、明らかにビビった顔をした。
「い、和泉さまにしがみついているので、今だけ大人しくなっていると思うのですが」
「千歳の核の人を連れてくる間だけです、絶対に連れ出してきますから。ここで待っててもらえませんか?」
狭山さんがビビった顔をした。
「お、大人しく離れるのはいいんですけど、なんで全員僕のところ来るんですか!?」
「千歳、狭山さんの小説のファンなんで、それでかもしれません……すみません、しばらくの間よろしくお願いします。行きます」
「……お願いされます」
狭山さんは、なんとも言えない顔ながら返事してくれた。
俺は、扉の先が暗いので、スマホの充電を気にしつつもスマホのライトをつけた。扉の向こうに足を踏み入れ、足元を照らしながら、ギシギシ言う廊下を歩き、階段を降りる。
「……千歳、いる? どこ? 千歳?」
呼びかけた後で、千歳の名前は俺が勝手につけたから、生前のままだと思ってたらわかるわけない、と気づいた。でも、他に呼ぶべき名前もわからない。朝霧の忌み子の名前、聞いておけばよかった。
その時、奥から声がした。
「……誰? 誰? なんでこんなに明るいんだ?」
まだかなり若い声、下手すると幼い声。俺は、声が聞こえた方向に明かりを照らした。古びた格子の向こうに、へたり込むように座り込んでいる、ざんばら髪の人間がいた。
ぼさぼさの髪の間から、光に照らされてきらきらした目が、まんまるになって俺を見つめていた。




