あなたの所を突き止めたい
金谷さん(兄妹ふたり)は、俺が寝ていた間にわかったことを説明してくれた。
「上島家に親しいところからリークが入りまして。芋づる式に、いろいろわかりました」
曰く、千歳の核がいる場所として、旧朝霧家邸が怪しいとのことだった。
旧朝霧家と聞いて、千歳にちょっかいを出したあの老人がまた何かしたのか、と思ったが、そうではないらしい。朝霧本家が老朽化で手放した家屋を、土地ごと上島本家が購入しているとのことだった。
「上島家って、千歳を養子にしたがってたところと同じところですか?」
「そうです、当主の動きが何か変で……それと、上島家当主は八十歳くらいの女性なので、千歳さんを刺した人の特徴と一致します」
旧朝霧邸は、東京にある江戸時代からの屋敷であり、千歳の核である朝霧の忌み子は、この家で幽閉されていたそうだ。霊は生前のしがらみに影響されやすいため、千歳の核のみを封印しておくなら、生前幽閉していたところが最適らしい。
俺は、情報を統括しているらしい金谷さん(兄)に聞いた。
「その、旧朝霧邸に行くことはできますか?」
「今最低限の根回しをしていまして、移動時間を考えたら、こちらで人を選定してすぐ出発でも、どうにかなるかもしれない、と話していたところです」
「連れて行ってください!」
「もちろんです」
金谷さん(兄)が広間にいる人たちに指示を飛ばし、スマホ二台を駆使してあちこちに連絡しまくっていた所、南さんが別の仮眠室から起きてきた。狭山さんも仮眠室から出てきた。金谷さん(妹)が二人に経緯を手早く説明する。
「そういう訳で、狐で連絡が早くできる南さんと、霊の様子を細かくモニタリングできる狭山さんに来てほしいんです。解呪の必要があると思いますので、私も行きます」
「わかりました、旧朝霧邸は知ってますので、狐たちを先行させておきますね」
「僕は、旧朝霧邸に着いたら、千歳さんがいそうなところを見て、わかることを伝えればいいですか?」
「はい、お願いします。移動中、和泉さまにしがみついている霊たちに変化ないかも見ていてほしいです」
スマホを置いた金谷さん(兄)が言った。
「根回し、何とかできそうです! 上島派の主だった人間はこちらで抑えておくので、南さん、旧朝霧邸まで運転お願いします!」
俺たちは簡単な朝食としておにぎりとお茶を渡され、車に乗り込んだ。南さんが運転しながら言う。
「距離だけ見れば一時間かそこらで着きますが、交通状況次第で、もう少しかかるかもしれません。でも、なるべく急ぎます。和泉さんにしがみついている霊たちだって、永久におとなしいとは限りませんので」
金谷さん(妹)が補足するように言った。
「なので、できるだけ早く千歳さんの核を取り戻して、核に全部の霊を取り込んでほしいんです」
俺は聞いた。
「俺は、千歳の核に会って、話して、おいでって言えばいいんですよね?」
「基本的にはそうです。ただ、千歳さんの核と言っても、和泉さまの事がわからなくなっている可能性もあるので、そこをどうすればいいか……」
「え? どういうことですか?」
金谷さんは、詳しく話してくれた。千歳の核が旧朝霧邸にいるとしても、屋敷に被害がなく大人しくしているようなので、封印のために呪術的な操作をされている可能性が高いということ。上島家は霊の使役に長けている家だが、上島家当主本人は、認識阻害や記憶操作も得意だということ。
旧朝霧邸を選んで使っていることと、千歳の核が大人しいことを考えると、千歳の核は呪術的に何かされていて、生前の状態、つまり幽閉されて何もできない状態だと誤認させられている可能性も十分ある、ということ。
千歳の核が封印されているとしたら、金谷さんたちでもできる限り解除するが、最終的には、千歳の核が封印から出たいと思わなければ封印は解けないらしい。
つまり、旧朝霧邸に千歳の核がいたとしても、その人に、出てくるよう説得する必要があるということだ。
「当たり前のことですが、千歳さんが和泉さまに会ったのは怨霊と化してからなので……生前の状態と誤認していると、和泉さまのことがわからないかもしれないんです」
「そんな……」
俺のことがわからないんじゃ、千歳の核に話しかけても、誰だかわからない怪しい男が必死で勧誘してるだけだし、出てきたいなんて思わないんじゃ……。
狭山さんが言った。
「でも、ですね。千歳さんの核、千歳さんと、好みとか性格とかはそう変わらないと思うんですよ。千歳さん、チョコミントフラッペって聞いたとき、核がまず反応して、核に引きずられて中の霊たちが同調してる感じだったし、温泉の時も行動は核が主体でしてたから、何か見たり聞いた時の反応は、千歳さんとそんなに変わらないと思いうんです。その辺で、何とかなりませんか?」
「……好みとか、性格ですか……」
千歳と好みや性格が変わらない人が、封印の外に出たいと思うようなこと。いや、その前に、俺が怪しい者でないことを、千歳の核に信じてもらわないと……。
南さんが口を開いた。
「狐たちが戻りました。旧朝霧邸に、新しく幾重にも封印を施した場所があるとのことです」
ほぼ確定だ。旧朝霧邸に千歳の核がいる。後は、何とかして千歳の核の人に俺を信用してもらって、出てきたいと思ってもらえれば……。
好みや性格が同じ……。千歳の好み……。性格的には、星野さんと仲良くなった件を考えても、親切にしてもらったら割と素直に懐く感じだし、何か千歳の好きなものをあげれば、もしかしたら……。
……季節的に、まだあるか微妙だけど。
「南さん、すみません、千歳の核の人に信用してもらうために、千歳がが好きなものを持っていきたいので、コンビニあったら寄っていただけませんか?」
「好きなもの、ですか? コンビニにあるんですか?」
「まだあるかもしれないので」
そろそろ秋を思わせる商品に変わる頃だ。でも、まだあってもおかしくない。
車はコンビニを見つけて止まった。俺は車のドアを開けるのももどかしく、コンビニに駆け込んだ。目指すはお菓子の棚。
……商品がひとつだけ、残っていた。一口サイズがたくさん入っている、チョコミントの箱。
多分、千歳は俺のところに来て初めてチョコミントを食べた。でも、好みが同じなら、気にいるはずだ。性格が同じなら、好きなものをくれた人間に懐くかもしれない。それで、なんとか信用してもらって、外に出てくるよう説得できないか。
チョコミントの箱をつかみ、ついでに、すぐ食べられそうなチョコ菓子をいくつか買った。すぐ車に戻る。
金谷さんが不思議そうに聞いてきた。
「お菓子ですか?」
「お菓子です、千歳は特にチョコミントが好きなんで、それを」
「……解呪はお任せください、その後は、よろしくお願いいたします」
「もちろんです」
車はかなりハイスピードで走り、やがて立派な門構えの家の前に止まった。真っ白な漆喰と黒い瓦でできた塀から、古い日本家屋なことはなんとなくわかるけど、とにかく大きい。大きな屋根のついた木造の門構えも、古びてはいるが、威風を放っている。
門が開き、何人か人が出てきた。南さんが車のエンジンを切った。
「駐車場に案内してくれるとは思えませんので、ここで降りましょう。大丈夫です、中に入るのは、私がなんとかしますので」
全員、車から降りた。門から出てきた人たちが険しい顔付きで話しかけてくる。
「申し訳ありませんが、この家は今、他の方をお招きできません」
南さんは、背筋を伸ばして彼らと相対した。
「川根家から連絡が行っていると思います。私達が来た意味はわかりますね、通してください」
「……我々は、当主の意向に逆らうわけにはいきませんので」
「では、逆らったわけではないけれど太刀打ちできなかった、ということにさせていただきます。皆様、三歩下がってください」
さ、三歩? 結構下がるな、何するんだ?
狭山さんと金谷さんと、三人で下がると、耳元でごうっと音がして、ものすごい突風が吹いた。思わず目をつぶる。何かがぶつかってメキメキ壊れる音がする。目を開けると、立派で大きな門構えが、ばっきり折れて崩れていく最中だった。
門番をしようとしていた人たちは、目も口も全開にしていた。
南さんは、何でもないように言った。
「では、入らせていただきましょう。大体の位置は狐たちが把握しておりますが、狭山さんも、朝霧家の資料で当たりをつけていらっしゃいますよね?」
「ええと、地下室がある離れは、一番奥の東寄りです」
「狐の言うことと一致しています。庭を横切ったほうが早いですね、行きましょう」
南さんに続いて、俺は崩れた門をまたいで旧朝霧邸に踏み込んだ。
千歳、いや、千歳の核の人だけど。今行くから、千歳の好きなもの持っていくから。だから俺のこと、わからなくても信用してほしい。それで、封印から出たいと思ってほしい。本当に、お願い。




