あなたの事をあきらめない
南さんの運転する車は、俺の知らない街に入っていった。南さんにちゃんと断ってから、俺がスマホで仕事先全てにしばらく仕事できない旨を連絡し終わったころ( |通じているかわからないが)、運転席から質問された。
「金谷神社、行かれたことはありますか?」
「ありません、そのうち金谷さんのご両親に、千歳を養子にしてくれてありがとうございますということであいさつに行く予定でしたけど」
「とりあえず金谷神社に向かいます、あそこは顔が広いですし、人が集まりやすいので」
車はしばらく走る。街中を過ぎ、広い公園の横を通り、大きな鳥居のある階段を横切って、車は駐車場に止まった。
「裏に人が集まれる場所があります、狐たちで連絡しておいたので、集まれる人は集まっていると思います」
車を降り、不案内なので南さんについていく。広々と土地を使った立派な神社。境内を横切り、神社の裏に入ると、小さな公会堂のような建物があった。
南さんが、勝手知ったる他人の家といったように扉に手をかけ、中に入る。
「金谷さん! 南です、着きました!」
奥から、ごく普通の服装の金谷さん(兄)が出てきた。
「待っていました、一体大人しくさせたって、今狐から聞いてました!」
「はい、和泉さまがいればなんとかなりそうです!」
金谷さんに奥に案内される。
「今、人が集まってまして。あかりもそのうち来ます」
奥の広間では、大きなテーブルに地図らしきものが広げられていて、その上に頭を突き合わせている人たちが何人かいた。見た覚えのある顔ばかりだ。確か、金谷さん(妹)に会食に連れ出されたときにいた人たちだ。
「こんにちは、よろしくお願いいたします」
俺が入っていくと、皆こちらを見た。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします……本当に、霊がたくさんくっついていますね……」
「なんでこの霊、こんなに大人しいんだ……?」
金谷さん(兄)が俺に話しかけてきた。
「今、二手に別れるべきかと話していたところです。各地で暴れている霊たちの把握および回収と、怨霊の核の捜索とで」
よかった、千歳を元に戻す方向で話進んでるんだ!
「その、俺はひとまず霊の回収に協力すればいいんですね?」
「はい、しかし、核が見つかったら、そちらにも向かっていただきたいと思います」
入口の方に人の気配がし、広間に誰か入ってきた。狭山さんだった。
「今参りました! あ、和泉さ……え、なんでそんなことに」
そんなことって、霊がいっぱいくっついていることだろうか?
「みんな千歳の中にいた霊みたいなんですけど、俺にくっついてきてくれるんで、俺にくっつけてなんとか回収しようって話になっててですね」
狭山さんは、あごに手を当てて俺をじっくり眺めた。
「……くっついているというか、これはしがみついてますね、助けを求めて」
「え?」
「僕、霊の状態がわかるタイプの人間なんです。これまで、和泉さんのところにいて心地よかったから、今も和泉さんの所に行けば何とかなるんじゃないか、みたいな感じでしがみついてます」
千歳の中の人達が、助けて欲しがっている。やっぱり、すごくピンチなんだ。
狭山さんは言葉を続けた。
「だから、他の暴れてる霊も同じようになる可能性高いし、和泉さんがいるとわかれば、同じようにしがみついてくるんじゃないかと思いますよ」
その場にいた人たちが、色めき立った。
「じゃあ、やっぱりその方法でやろう! まず、霊の居場所を把握するのに全力を注ごう!」
「あかりちゃんか緑さんが来れば、広い範囲でわかるぞ!」
「緑さんにスマホで連絡も続けてくれ、つながることもあるみたいだから!」
それからが、てんてこ舞いに忙しかった。暴れている霊の場所が分かり次第、車ですっ飛んでいき、俺が霊に呼びかけてしがみつかせることが続いた。俺には霊的なことはよくわからないが、ガスタンクをゆらしている霊や火力発電所の設備をガタガタさせている霊は、それだけで危険だとよくわかった。
移動中、南さんの狐たちとやらでいろいろ連絡が入り、俺はリアルタイムで積み上がっていく情報を教えてもらえた。
千歳の中にいる強力な霊は、わかっているだけで十体、もっといる可能性もあるということ。
千歳の核単体でもとんでもない強さであり、暴れたとしたら随一の被害になるが、それらしき被害はまだ出ていないこと。
千歳の核は、刺されたらしいということもあって、もしかしたら封印か何かされているかもしれないこと。
千歳の核を大人しくさせられているとしたら、相当な力のある人間が関わっていると予想されること。
暴れている霊は、普通に十を越していて、俺は昼夜問わず車に乗って駆けつけ、霊に呼びかけた。どの霊も、俺を認識して、「元に戻すから!」の声を聞いた瞬間に俺にしがみついてきた。
やっぱり、千歳は助けてほしいんだ。千歳は今ピンチで、みんな元に戻りたいんだ。
五体目か六体目の霊を回収した時に、通信障害がほぼ解消した。今回の件の対策本部と化している金谷神社に、段違いに情報が集まるようになったらしく、もっと速いペースで霊の場所を特定できるようになった。俺も、もっと速いペースで呼びかけに行くことになった。
「暴れている霊は、これで全部集めきったかもしれません」
金谷さん(兄)から、そう連絡が入ったのが一週間後。俺はくたくただった。車で眠れる時は寝たし、時間を見つけてカプセルホテルなどでシャワーも浴びれたしで、ブラック企業時代よりはマシだったのだが、それでもきつい。いや、時間見つけて寝かせてもらえてる俺より、俺に同行してずっと運転したり情報に耳そばだてたりしてる人たちや、休まず動いている金谷神社の対策本部の人たちの方がずっときついだろうけど。
俺は、回らない頭で金谷さん(兄)の声を聞いた。
「これからは、核の捜索に全力をあげます。ただ、相当時間がかかると思いますし、今、強力な霊が複数しがみついている和泉さまの様子は常にモニターさせていただきたいので、一度うちの神社に戻って、そこで休んでいていただけませんか? 仮眠室で申し訳ありませんが、布団もあって寝られますので」
もう座って寝るのは嫌だ、柔らかいところで横になりたい。布団はあまりにも強い誘惑だった。
金谷神社まで車を走らせてもらい、ふらふらしつつ車を降りて、裏の建物の奥に設えてあった仮眠室を使わせてもらう。一緒に車にいた人たちと布団に倒れ込んで、もう雑魚寝を気にする余裕もなく、五秒で意識が飛んだ。
……今、俺がうなされてもなだめてくれる千歳はいない。案の定、悪夢を見た。千歳がどこにいるかわからなくて、名前を呼びながら必死で探し回る夢だった。どこを探しても、どこまで探しても手がかりすら見つからず、俺は喉を枯らして呼びかけるけれども、なんの効果もない夢だった。
うなされてうなされて、目を覚ました。スマホを見ると、六時間は寝ていた。同じ眠るのでも、ちゃんと体を横にした方が疲れが取れる。でも、千歳の核の手がかりがないんじゃ、いくら俺の疲れが取れても動きようがないんだよな……。
とりあえず、仮眠室を出た。まだ夜明け前で、窓の外は暗かった。
広間に行くと、なんだかざわざわしていて、金谷さん(兄)があちこち指示を出していた。
「和泉さま!」
金谷さん(妹)が俺に気づいて声をかけた。
「あの、千歳さんの核がいる可能性が高い場所を見つけました! お疲れのところ申し訳ありませんが、私どもも封印を解きに同行しますので、すぐ来ていただけないでしょうか!?」




