番外編 地下の座敷牢、朝霧の忌み子
目が覚めたら、元の通りの座敷牢に押し込められていた。
……元の通りだろうか? 何だか、いろいろな所がほこりまみれになっているし、格子もありえないくらい古びている気がする。なんだか頭がぼんやりして、あんまり物が思い出せない……久しぶりに風呂に入れと言われて、部屋から出してもらって、風呂に移動する途中で駆け出して、桃を探して、見つけて声をかけて……その後、多分、ご本家に刺されて……それから……。
それから、何があったっけ? 何かあった気がするけど、全然思い出せない。刺されてすごく苦しかったはずなのに、全然大丈夫だし、刺された背中や、刃物が突き出ていたみぞおちを触ってみても痛くないし、何だったんだろう。
辺りを見回してみる。立ち上がって格子に近づこうとすると、着物の裾が何かに引っかかって邪魔をした。振り返ってよく見ると、刃が白い小刀のようなものが、着物の裾を床に縫い付けていた。何だこれ?
そこまで深く刺さっているようにも見えないのに、引っ張って抜こうとしても、全然抜けない。何か、呪術的な仕掛けがしてあるんだろうか? でも、そういうのがよく効くの、霊体のみの存在にだし……。
移動できないので、あたりを見回すことしかできない。薄暗いのですぐ気づかなかったけど、壁には、いつの間にか見慣れない文句がびっしり書いてあった。ひらがなは全部読めるし、漢字もある程度読めるけど、書いてある文章が難しすぎる。ひとつひとつの文字は読めても、文章が意味することが全然わからない。紙以外の物にこんなにびっしり文句を書くこと、やっぱり呪術的なことしか知らないけど……。
風呂に行く途中で抜け出そうとしたから、もっと厳しく閉じ込めることにしたのかなあ。格子の扉には、いつもがっちり鍵がかけてあるから、それだけで絶対に出られないけど。
部屋の中を動けないから困ったなと思ったし、食事を持ってくる誰かに一生懸命話しかけて、なんとか返事してもらおうと思ったけど、誰も来ない。飯も抜きなのかと悲しくなった。
だけど、明り取りの窓から日が差したり、暗くなったりを数回繰り返しても、全然お腹が空かない。喉も乾かない。用足しに行きたくもならない。
困ることはないけど、なんだか変だ。
ずっと、ずっと、誰も来ない。明り取りの窓だけが、明るくなったり暗くなったりしていた。