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たまにはパッと使いたい

 怨霊(中学生男子のすがた)に電卓がないか聞かれたので、この間渡したタブレットの中のアプリの使い方を教えたら、何やら真面目に計算している。傍らにはレシートの束。前に「一食の費用はベーシックパン以下(350円)でお願い」と言ったのを律儀に守ってくれているようだ。

 怨霊が顔を上げた。やたら嬉しそうだ。


『おい、だいぶ食費が余ったぞ!』

「え、本当? やっぱ自炊が一番安いな、助かる」

『ふふん』


 怨霊は得意げな顔をした。


『スーパーの安売りと値引き品でまともな飯を作れるワシの腕のおかげだな』

「うん、普通においしいし野菜も肉も魚もちゃんと食べられるし、すごくありがたいよ、これで安く上がるとか最高」


 素直な感想が口をついた。言ってから、俺を子々孫々まで祟ろうとしている存在に対してほめすぎた気もしたが、事実だし、怨霊が照れくさそうな顔をしているので、特に悪影響はなさそうだし、別にいいかと思った。

 怨霊は鼻の下をこすりながら言った。


『いや、夕飯はともかく、お前、朝と昼はそこまで食べないから、精のつくものを入れたり栄養を考えたりしても、だいぶ安く上げられるからな』

「いくら余ったの?」

『一万と少しだ、一ヶ月分としては上々だな』

「おお、けっこう余ってる!」


 俺は久々にはしゃいだ。


「じゃあその一万貯金して」

『この一万で精のつく高いものを』


 怨霊と声が被った。しばし沈黙が場を支配した。

 沈黙を破ったのは怨霊だった。


『お前、体治して稼いで子孫つなぎたくないのか!』

「いや、今の食事で十分健康的だと思うし、不慮の出費はいつでもあり得るから蓄えは持っておきたいし」

『くそっ倹約家め』


 怨霊は毒づいた。


『もう知らんぞ! 今夜はうなぎにしようかと思っていたが買ってやらんからな』

「んー、嫌いじゃないけど、鶏もも肉の方が好きかな……絶滅危惧種をわざわざ食べる気もしないし」

『安上がりなやつめ……え、うなぎって絶滅危惧種なのか!?』

「割と前からそうだけど、ここ何年かでよく言われるようになったかな」

『時代の変化についていけん……』


 怨霊は頭を抱えた。


『というか、うなぎしか考えていなかったから今日の夕飯が思いつかんぞ』

「ごめん」


 毎回違う料理を考えて作るのも大変だと思うので、俺は素直に謝った。実際この怨霊はいろいろ作ってくれているし。


『思いつかんから何か食いたいものを言え、それで適当に作る』

「えー、そんな、いきなり言われても」

『なるべく精のつくものを言え』

「うーん……」


 俺は天を仰いだ。精のつくもの……できればそれほど高くないもの。でも、ある程度お金を使いたいらしい怨霊を納得させるには、普段の食べ物よりは多少高いほうがいいか?

 ……実を言うと、色々な食べ物について、古くから言われている効能には無駄に詳しい。もうあんまり触れたくない知識だが。


「じゃあ……エビとうずらの卵」

『エビとうずらの卵?』


 怨霊は目を見開いて首を傾げた。


「そこのスーパーで買えるよね?」

『どっちもあったと思うぞ、エビは生から冷凍まであったはずだし、うずらの卵は水煮が袋で売ってるのを見た』

「じゃあそれで適当によろしく。エビは高いのじゃなくていいから」

『でも、あんまり精のつく食い物って感じではないな』

「そんなことないよ、どっちも古くから精を補う食べ物って言われてる。中国から来た考え方だから、日本ではマイナーだけど」

『そういうものなのか』

「うずらの卵とか、同じ重さなら鶏の卵よりタンパク質多いんだよ」

『へえー、詳しいな』

「……まあ、ちょっとね」


 俺は怨霊から目をそらした。


『じゃあ後で買ってくるぞ、他に食べたいものあるか?』

「とりあえず、思いつくのはそれくらいかな」

『わかった、布団と洗濯物取り込んだら行ってくる』

「どうも、洗濯物は置いといてくれれば畳んでしまうから」

『おう』


 怨霊は、ヤーさんの姿になってベランダに出ていった。ふと、俺の部屋は、ヤーさんがベランダで布団を干したり、中学生男子が買い物に出て帰ってきたり、女子大生が俺と一緒に出て帰ってきたりしていることに気づいたが、特に近所付き合いがあるわけでもないので、周囲への説明や、周りで立っているかもしれない噂については、あまり考えないことにした。考える体力もあまりないし。

 むしろ、大家や不動産会社への言い訳をよく考えておくべきかもしれなかった。この部屋、一人暮らしということで契約してるし。

 夕飯には、エビとブロッコリーの炒めものとうずら卵の肉巻きが出た。おいしかった。

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