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あなたを元に戻したい

部屋がいきなりガタガタ揺れた。地震かと思ったが、どうも足元からの揺れではない。建物自体が揺れた感じがする。強風でも吹いたか? いや、でもそんな天気じゃないよな今日。

千歳はそろそろ帰ってきてもおかしくないけど、外でものすごく風に吹かれたりしたのかな、と考えたその時、玄関がガンガン叩かれる音がした。

「和泉さん! 和泉さん!!」

星乃さんの声だ。なんか、ただならない雰囲気だ。どうしたんだ?

とりあえず、俺はドアを開けた。真っ青な顔の星野さんが一人いた。

「星野さん? どうかしましたか?」

星野さんは、歯の根が合わないようで、ガタガタ震えながら、言った。

「千歳ちゃんが、千歳ちゃんが刺されて、飛び散っちゃった」

……千歳が? 飛び散った? どういうことだ、何があったんだ?

「ちょっ、ちょっと、どういうことですか、刺されたって、千歳は!?」

「と、飛び散っちゃった、おばあさんに刺されて、おばあさんが核を刺したって」

「お、落ち着いてください、刺されたってどういうことですか!? 千歳はどこにいるんですか?」

千歳が刺された? 怨霊だしまた死ぬことはないんじゃないかと思うけど、千歳はここにいない。飛び散っちゃった? 除霊されちゃったのか? 金谷さんの話だと、千歳を静観したくない派もいる感じだったけど、また朝霧のトップみたいな人間が?

「だ、だから、千歳ちゃんは飛び散っちゃって」

血の気の引いた顔で繰り返す星野さんにどう話を聞こうと考えつつ、玄関先で俺もかなりパニックになっていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。この震え方は着信だ。金谷さんからだった。

「も、もしもし!!」

「すみません、強大な霊が複数暴れる気配を探知したのですが、千歳さんに何かありましたか!?」

「そ、それが千歳が、飛び散っちゃったって今、星野さんが言ってて、刺されたって」

「飛び散った!?」

「今話聞いてて、それで」

話を続けようとしたが、電話が唐突に切れた。虚しいツーツー音が鳴り続ける。かけ直すがつながらない。電波が通じないらしい。なんでこんないきなり?

少し前にあったauの通信障害を思い出す。あれも通話不可、電波が入らないみたいな扱いだったそうだ。まさかまた、こんな時に?

……落ち着こう、今わかったことを整理しよう。千歳が刺されて飛び散って、核を刺されていて、そして、今、強大な霊が複数暴れている……。

……千歳が飛び散ったっていうことは、中のたくさんの霊も飛び散ったってことか?

千歳の中には強い霊がたくさんいるらしいから、飛び散ったそれが暴れている?

星野さんの後ろ、アパート前の道路からブレーキ音がした。黒い車から、見覚えのある尼さんが降りてきて、必死な顔でこちらに駆け寄ってきた。南さんだ。

「お久し振りです、通信障害らしいので、近くにいた私が直接参りました。広域で多数の霊が暴れていて、多分通信障害もそのひとつで……え、和泉さま、どうしてそんなに霊がまとわりついているんですか?」

霊? 

「え、そんなのまとわりついてるんですか!?」

俺は霊感なんてない。そんなのさっぱりわからない。霊感のある人に、俺にも見えるようにしてもらわないと、何もわからない。

「なんでそんな霊が、ていうかたくさんいるんですか?」

「ごく小さい子供や若い女性がたくさん……なんだか、しがみついているというか、すがっているように見えますが。いえ、それより、千歳さんに何かあったのではと思って参りました」

星野さんが、同性の気安さか、南さんにしがみつくようにして言った。

「千歳ちゃんが、おばあさんに刺されて、飛び散っちゃったんです!」

俺は言い添えた。確実に千歳の一大事だ。

「今、俺も話聞いてて、千歳の核が刺されたそうで、金谷さんからも強い霊がたくさん暴れてるって連絡あって、もしかしたら千歳の中にたくさんいる霊かもって思って」

言いながら思い出す。千歳の中、子供や女性もたくさんいるんだっけ。

南さんは話を聞いて驚愕した。

「そんなことが!?」

「……それで、今思ったんですけど、千歳の中って、子供と女の人がたくさんいるんですよね? 俺にまとわりついてるのって……」

「……霊の状態がわかる人間でないと、確かなことは言えませんが、その可能性は十分あるかと」

南さんは神妙な顔でうなずいた。俺は聞いた。

「その、千歳、飛び散っちゃったみたいなんですけど、千歳の中の霊全部と、千歳の核を集めたら、千歳は元に戻りますか!?」

千歳がいなくなるなんて嫌だ。千歳が満足してあの世に行く、とかなら、まだなんとか気持ちの整理をつけようと思うけど、こんな唐突に、しかも誰かに刺されたから、なんて受け入れられない!

南さんは、考え込むような表情になったが、答えた。

「……その可能性はあります。というか、今暴れている多数の霊を大人しくさせるには、それが一番いいかもしれません」

南さんは再び考え込んだ。

「……和泉さま、協力していただけませんか? 今、和泉さまにしがみついている霊はごく弱い霊ばかりですが、これが千歳さんの中にいた霊なら、暴れている強大な霊たちも、和泉さまを見たら、とりあえず集まってもおかしくないかもしれません」

「何でもします、どうすればいいですか?」

「私どもについてきていただけますか? 広域で霊が暴れているので、一件ずつ和泉さまに来ていただく必要があります。何日もかかると思います」

千歳。千歳が飛び散って、今どこにもいない。千歳がいなくなったなら、千歳を元に戻すためなら、俺は。

「スマホと財布と持病の薬あれば、俺、どこへでも行きます」

俺は宣言した。状況が整理されて、やるべきことも決まって、俺は改めて、まだ震えている星野さんに気づいた。

「すみません、南さんは、星野さんともうお知り合いですよね? あの、車あるなら、とりあえず星野さんを家まで送っていただけませんか? その間に、俺、薬とか準備します」

星野さんは変わらず顔が真っ青だ。俺は、なるべく星野さんを安心させようと思って、できるだけ笑顔を作って、言った。

「星野さん。俺、千歳のこと、ちゃんと元に戻して連れて帰ってきます。だから、千歳が帰ってきたら、また仲良くしてやってください」

千歳は、これまでの生活が幸せだったらしい。千歳の一部が俺にくっついているのは、元に戻りたいからかもしれない。

それなら、絶対に元に戻すから。絶対に元に戻して、連れて帰って、千歳を元の通りの幸せな生活に戻してみせるから。

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