二人で椅子を選びたい
千歳(二十歳のすがた)と一緒に、いろんな椅子に試し座りができるショールームに来た。店員さんが案内役としてついて、いろいろ教えてくれる。
「平日はコワーキングスペースにもなっておりまして。オフィス空間に近い環境でお試しいただけると思います」
「ありがとうございます、アーロンチェアとエルゴヒューマンってどちらですか?」
「奥のあちらにございますが、他の椅子もお好きにお試しいただければと思います」
『じゃあこれ座ってみてもいいですか?』
千歳がそばの丸っこい椅子を指さす。
「どうぞどうぞ、お座りください」
千歳は丸っこい椅子に座り、『おっ!』と声を上げた。
『すごい! すっごい動く! 揺れてもくっついてくる!』
「こちら、バランスボールをヒントに作られた椅子です。体の動きに合わせて揺れますので、バランスボールと同じく体が固まらず、カロリー消費が高くなります」
千歳は微妙な顔になった。
『んー、面白いけど、ちょっと落ち着かないかも……落ち着くのがいいです』
「では、アーロンチェアの方へ参りましょうか」
店員さんに伴われて奥に行くと、一般的な事務机の前にアーロンチェアとエルゴヒューマンが並んでいる。店員さんに促されて、俺はまずアーロンチェアに座った。
「おっ、これは」
『どうだ?』
「すごく仕事の姿勢にしてくる。でも腰に負担を感じない」
『仕事の姿勢?』
「ちょっと前のめりっていうか」
『あー、横から見るとそんな感じだな』
店員さんが言う。
「まさに座り仕事に最適な椅子です。しかし、ヘッドレストもオットマンもありませんので、休むための椅子ではありません」
「なるほどー……」
「となりはヘッドレストとオットマン付きのエルゴヒューマンですね。座り心地をお試しください」
「では」
エルゴヒューマンに座る。
『こっちはどんなだ?』
「これも腰に負担ないな……ヘッドレストいいな、オットマンも足伸ばせるし……疲れたら寝ちゃいそう」
『楽そうだけど、仕事中寝ていいのか?』
「そうだよねえ」
仕事にしか使わない椅子だからな。
『ワシも座ってみたい』
「はいよ」
俺はエルゴヒューマンから立ち、千歳が代わりに座った。
『うーん、ちょっとワシにはでかいかなー』
すかさず店員さんが言った。
「ではこちらのゲーミングチェアはいかがでしょう、女性の体格に合わせて作ったものです」
『ワシ女じゃないですけど……』
千歳の爆弾発言に、店員さんはえらく動揺した。
「えっ!? えっあの、いえ、その、大変申し訳ありません、失礼しました!」
混乱が生まれている! どうしよう、フォローすべきか?
しかし、千歳はさらっと流した。
『あっいや、男でもないんで……うん、体格は女だし、それ座ってみます』
この流し方に、少し大人を感じる。見守っておこうか。
千歳は勧められた椅子に座った。
『あっこれいい! ぴったり! 買っちゃおうかな、予定なかったけど!』
「一応そちら四万円台でして、お求めやすい価格となっております」
『これくーださい!』
決断が早い。とはいえ、俺ももう決まってるけど。
「じゃ、私はアーロンチェアリマスタードの黒をください」
「かしこまりました」
椅子は明日には送る、と言われて、2人でショールームを後にした。
『あの店員さん上手くやるなあ、思わず買っちゃった』
「まあ買わせるのが仕事だもんね……でもいい椅子だったみたいでよかったよ」
翌日、椅子が届いて、各自で組み立てた。出来上がった椅子に、俺はどっかり座った。
「頑張るか……仕事!」
『ワシも仕事頑張る!』
千歳もゲーミングチェアにどっかり座っている。
「また御札の仕事来てるの?」
『今度は組紐作ってくれって言われた、簡単なのを多めに作って最前線の人に配りたいって』
「そっか、頑張ってね」
椅子に背を預ける。あんまり預けさせてくれない。常に臨戦態勢を保つ、やる気を出させるための椅子だな。この椅子を使い倒して、仕事で成果を出せるようにしよう。




