こいつは言わんこっちゃない
本白神社の階段を駆け上がると、境内でちょうど峰水香さんが掃除していた。蒼風さんが叫ぶように水香さんに話しかけた。
「水香さん、何かありませんでたか!?」
「え、さっきコウモリがわっと来ましたけど……だれかの使い魔ですか?」
「ドラキュラ本人です!」
本殿の裏が和束ハルと高千穂先生の家だ。裏に回ろうとすると、雷がつんざくような光と音がした。
「何事!?」
『なんか防護のやつっぽいぞ!』
家に着くと、玄関先で和束ハルがすごい顔をしていて、高千穗先生がなだめていた。その前には、黒衣にくるまった、ぶよぶよした血の塊。
和束ハルはブチ切れていた。
「なんやこいつは! 高千穗さん狙いよって!」
『何があったんだ!?』
千歳が二人に聞くと、高千穂先生が和束ハルの背中をなでながら言った。
「その、吸血鬼? が僕を人質に取ろうとしたんですよ、ハルちゃんの弱みを握って言うこと聞かせたかったらしくて」
和束ハルは吐き捨てた。
「うちが高千穗さんを守っとらんわけないやろが、攻撃相手にそのまま攻撃跳ね返す術式くらい持たせとるわ」
「跳ね返した結果がこれですか……」
俺がつぶやくと、ぶよぶよの塊がうめいた。
「血……血をくれ……」
千歳がため息混じりにぶよぶよを見る。
『自業自得だろ……』
「若い処女の血がいい……」
『選り好みできるなら大丈夫だな』
「性的に汚れてなければ誰でも……」
マリアさんが駆け寄ってきた。
「あの、これは本当のです、この人が塵になると国際問題に!」
和束ハルは鼻を鳴らした。
「塵になって消えたらええ、こんなの」
高千穂先生が「そういうわけにも行かないから」となだめ、俺は思いついた。
「あー、その、男の血でよければ分けますよ、多少ですけど」
『おっ、お前なら性的に汚れないな』
「ほっといてよ。噛みます?」
俺はぶよぶよに自分の首筋を示した。
「噛めないよお、これじゃ……マリアちゃん採血お願い……」
マリアさんが俺の腕にさっと採血帯を巻き、一発で血管に針を通して太いシリンジで吸いあげる。慣れてるなこの人!
マリアさんがシリンジからぶよぶよに血を注ぐと「ぷはー!」と大声がして、ぶよぶよは吸血鬼の王に戻った。
「助かったよー! 吸血鬼マジ感謝」
和束ハルがすごい目で吸血鬼の王と俺を睨んでいるので、俺はフォローの必要を感じた。
「あのですねえ、あなたが変に刺激しなければこんな目に遭わなかったんですよ。今の和束さんは何もしなければおとなしいんですから、こんな事しないでください」
「うーん、命の恩人に言われたら吸血鬼も引かざるを得ない」
蒼風さんが彼を問い詰める。
「あなた和泉様にも同じことしようとしてたでしょう、千歳さん抑えようとして」
「こんなに防護が硬い人にそんなことできないよー」
「防護がなかったらどうだったんです」
「痛いところ突かれちゃった。でも、命の恩人にそんなことしないよ」
吸血鬼の王は、俺を見た。
「そのうち恩返しするよ。ありがとうね」
「はあ……」
吸血鬼の王は、何でもなかったかのようにマリアさんに話しかけた。
「ねえマリアちゃん、普通に観光にも来たから案内してよ。吸血鬼、次郎系と家系と牛丼とファミレス制覇したい」
「死にかけたのに日中ににんにく食べないでください!」
そういや吸血鬼って日光もニンニクもダメなはず……耐性あるってことはよっぽど強い吸血鬼なのかな……。




