警戒しないわけではない
吸血鬼の王は、見た目より甲高い声でしゃべった。
「ごめんねーいきなり来ちゃって! 吸血鬼日本来るの初めてだからさー、はしゃいじゃって! 今、日本旅行流行りだし!」
日本語ペラッペラだなこの人!
「こ、こんにちは……日本語お上手ですね?」
「時間有り余ってるからさー! 語学が趣味なんだよねー!」
そういや吸血鬼って長命だっけ。
蒼風さんは固まっているが、吸血鬼氏は構わず話しだした。
「お二人は、どうやってワヅカさんを止めたの?」
千歳が、困惑しつつ口を開いた。
『えっと、和束ハルの霊力部分ぶった切って封印した』
「その前に、ワヅカさんはもう世界壊すの諦めてたって話聞いたけど、何があったの?」
補足が必要だと思って、俺は言った。
「その、和束さんの大切な人を私たちが見つけ出したんですけど。その人が、和束さんの目の前で、和束さんの邪魔にならないようにって首を掻っ切ってしまって。血は止めたんですけど危ない状態だったから、今すぐやめないと病院が機能しないからこの人は助からないかも、みたいなことを言いまして」
「君が?」
「はい」
「はー、なるほど……で、君らがユニコーンも騙したと……。」
吸血鬼の王は頷き、そして千歳を見た。
「じゃあ、ユニコーンを籠絡した乙女はチトセさん?」
『ううん、こいつ。ワシ女じゃない』
千歳が俺を指差すので、吸血鬼の王はぽかんとした。
「は?」
『こいつが女装して香水かけて、籠絡した』
吸血鬼の王は目をまん丸にして、顎が外れそうなくらい口を開けた。
「は? え? えっ、性交経験の方はどう騙したの?」
『騙してない』
俺は頭を抱えたくなった。
「そういうこと大きい声で言わないでよ、千歳……」
吸血鬼の王は俺と千歳を交互に見た。
「えっ何、イズミさんて神父だったりする?」
神父って結婚しちゃいけなかったっけ。いや俺多分仏教徒だし。
俺は片手を上げて言い訳した。
「いえその、若い頃人生が大変で縁がなくて」
「えっ若いでしょ君」
「いえ、31です」
「うわー、東洋の人って本当に若く見えるな!」
吸血鬼の王は、改めて俺を見て嘆息した。
「いや、ごめんね、立ち入ったこと聞いて。まあ、東洋の男性ならユニコーンを女装でだますのは無理じゃないねえ」
「そうなんです?」
「西洋の男と比べて華奢だから、服と髪と化粧整えれば、こちらの基準ではかなーり女性に見えるよー」
「あー、まあ西洋の人は大きいですよね」
彼が気を使って話題を変えてくれたことを察する。その程度には気を使える人ではあるのか。
吸血鬼の王は首を傾げた。
「なんか、思ったよりイズミさんの比重高いね?」
千歳はなぜか胸を張って言った。
『和泉はすごいもん! 物知りだし頭いいし、名前だけでその人のSNS全部見つけるし。大体、和束ハルの大切な人見つけたのも和泉だし!』
「Oh! すごい!」
「いやその、成り行きですよ、運が良かっただけです」
もっと物知りで頭のいい人はごまんといるし、アカウント特定できたのは相手の脇が甘かっただけだし。和束ハルがポカしなきゃ高千穂先生のこともわからなかったし。
吸血鬼の王が俺を見た。
「でも偶然でそこまで続かないでしょ。なんか君、すごく防護かかってるし」
「ああ、千歳のおかげと、あと宇迦之御魂神さまと閻魔大王さまのご厚意で……」
俺は左手首に結んだ組紐と黒い紐を掲げてみせた。
「ふーん、なるほどねえ……まあ、それなら……こうするかあ」
吸血鬼氏は黒衣の中から小さな手鏡を出した。
「これ、役に立つかもと思って。君たちにあげる」
彼は手鏡を俺に渡してきた。
「どういうものでしょうか?」
「吸血鬼の姿が映る特別な鏡なんだけど。いろんな術を強化できてね、異界に繋げたり魂に関わる術とかに特に効果あるんだよね。遺骨から魂引き出すのに役立つかなと思って」
「それは、大変ありがとうございます……」
とりあえず受け取ったが、しかし。
閻魔大王さまの頼み事についてはなんにも話してない。だけど、事情を知ってないとこのチョイスはないな? なんでそんなに詳しいんだ? 蒼風さんたちが話したのかもしれないが……。
千歳は飛び上がって喜んでいた。
『ありがとう! これでもっと小さな遺骨からでも魂引き出してやれるかも!』
俺は、とりあえず千歳に同意した。
「そうだね、他の子も供養してあげられるね」
それ自体は嬉しいが、この吸血鬼の王、一筋縄で行く人じゃないな?
俺が、なんとなく安心できない目で彼を見ていたのがバレたのか、彼は苦笑して両手を上げた。
「そんな怖がらないでよ、君たちにはなんにもしないって!」
俺達には? 他には?
「他の人にはどうなんです?」
「あっ、痛いとこ突かれちゃった」
吸血鬼の王は邪気のない笑顔をした。
「他にも寄る所あるから、そろそろ失礼するね! じゃーねー!」
彼は無数のコウモリになって飛んでいき、すると蒼風さんが身じろぎした。
「く、くそっ、話の邪魔しないように固めやがって……」
「ええ!?」
『ええ!?』
そんなことする人なの!?
蒼風さんは額を拭って言った。
「その! あの人が尾行してきたとして! もう一ヶ所まずい所があります!」
「どういうことですか?」
「和束ハルと高千穂さんの家です! あなたがたのところに来たなら、絶対そっちにも行くはず!」
「また尾行とかされそうなんですか?」
「妻が警告しに行ってて……」
尾行するのにぴったり!
千歳が俺の袖を引いた。
『なあ、あいつ今は何も悪いことしてないのに、なんかされるのかわいそうだ』
「とりあえず、行ってみようか」
『うん!』
ということで、俺たちは和束ハルの家がある本白神社へ向かった。




