番外編 星野茜の話
この年で新しく友達ができるとは思わなかった。しかも、相手は人間ではない。一緒に出かけられるのは楽しいけど、一年前の私に「コロナを移したり移されたりする心配のない友達だから、怨霊と一緒にドライブに行く」と言っても信じないだろうな。
その友達、見た目は中学生の女の子の千歳ちゃんは、助手席で、わくわくした顔で話しかけてきた。
『なあ、道の駅って、どんなところなんだ?』
千歳ちゃんの感覚は昭和、と和泉さんが言っていた。確かに話していてそんな感じはある。昭和の知識なら、道の駅なんてところは知らないだろう。
でも、私も人生の半分近くが昭和だし、そこが馴染むけれど。
「地域の特産品が売ってたり、名所の情報がおいてあったりして、運転の休憩にいいところなの。地元の野菜で、変わった野菜も売ってたりする」
『じゃあ、面白い野菜があったら買う! 何かいいもの作る!』
「千歳ちゃん、料理が好きで本当にえらいわあ」
私にとっての料理は、必要に迫られるからやっているだけのもので、楽しいものではない。旦那や両親にまともなものを食べさせなければ、という義務感がなければ、放り投げていると思う。食べること自体は好きだけれど。
だから、マンネリになりがちだ。千歳ちゃんと話していて教えてもらう簡単レシピは、本当にありがたい。
『あのな、祟ってる奴がな、昨日スイカ切って出して、皮は漬物にしてあるって言ったら、すごく喜んで、「一人じゃ絶対食べないものいろいろ食べられてどれもおいしい」って言ってたから、いろんな物食べさせるんだ!』
千歳ちゃん的には、和泉さんを祟っているつもりらしい。子々孫々まで祟るために、和泉さんを世話して子孫を残させる。一応、話としてはつながっているけれど、本末転倒感が拭えない。それに、千歳ちゃんの話を聞く限り、千歳ちゃんは尽くしまくっている。
「おいしいって言ってもらえるの、いいわねえ、うちの旦那なんて、黙って食べて食器下げて終わりよ」
『うちのは、何食べさせてもおいしいって言うからなあ、逆に何食べさせていいかわからん』
「千歳ちゃんの料理が上手なのよ」
千歳ちゃんは照れくさそうに笑った。
『そうかなあ、まあ料理に詳しいやつは中に一人いるけど』
「でも、料理してるのは千歳ちゃんでしょ?」
『それもそうだな。じゃ、ワシは料理うまいってことにする!』
車が高速に入る。ここからは運転が単調なので、助手席で話してくれる人がいるのは本当にありがたい。旦那は運転交代はしてくれるけど、助手席だとすぐ寝るし。
「千歳ちゃん、スイカの皮の漬物ってどんな味にしたの?」
『ええと、塩まぶして、あと酢少しと、刻んだショウガ入れた』
「あら、さっぱりしておいしそう」
『うん、うまくできた! うちのも、あっさりしてたくさん食べれるってたくさん食べてた! 野菜じゃ肉つかないけど!』
「よかったわねえ、うちも真似しようかしら」
『多分、きゅうりでやってもうまいと思う』
「同じ瓜だものねえ」
今日の夕飯には間に合わないけど、明日の夕飯のおかずはそれにしようかな。味付けを薄めにして、サラダ浅漬け風にしてたくさん作れば、立派な一品になると思う。というか、食べ物の事考えてたら、何か食べたくなってしまった。道の駅でも感染リスクはあるから、今日は飲食なしということにしてあるけど、コロナが収まったら、千歳ちゃんとおしゃべりしながら外食も楽しいだろうな。
「千歳ちゃん、コロナ収まったら、一度二人でお昼でも食べに行かない?」
提案してみると、千歳ちゃんはニコニコしてすぐ賛成してくれた。
『うん! 行く!』
「千歳ちゃん、何が食べたい?」
『え、いきなり言われると迷うな……』
「私は、旦那がいない時は、旦那が嫌いで私が好きなものをここぞとばかりに食べるんだけど」
『うーん、あいつの嫌いなもの特にないし……』
千歳ちゃんは考え込んでしまった。嫌いなものがパクチーくらいしかない人にご飯を作るの、いろいろな食材が使えて楽しいだろうな。あ、でも、和泉さんは体のために食べないほうがいいものが結構あるみたいだし。
「和泉さん、お腹の具合よくないからって、あまり作らないものあるんじゃない?」
『うん、辛いカレーとか、揚げ物とか……そういえば普段食べないな、じゃあカレーか揚げ物のどっちか食べる!』
「カツカレーって手もあるわよ」
『それいいな!』
千歳ちゃんは手を叩いて喜んだ。私は、カツカレーが食べられるお店で、ゆっくりおしゃべりもできるお店はあるかなあと思いを巡らせた。ネットで調べればすぐなのかもしれないけど、私、あまり使い慣れていないし。
あ、和泉さんはネット世代だし、千歳ちゃんをかわいがっているようだから、千歳ちゃんが頼めば調べてくれるかも?
「カツカレーが食べられるお店で、ゆっくり食後のお茶もできるようなお店って条件出したら、ネット使い慣れてる人なら探せるかしら?」
そう言うと、千歳ちゃんは私の狙いを察したようだった。
『うちの、調べるの早いから、行く日が決まったら調べろって言ってみる』
「早く行けるといいわねえ、私もう、自分に移るかもとか、旦那や親に移すかもって心配するの嫌なのよ」
ギリ六十代でなく、基礎疾患もない私は重症化リスクなしだが、六十五の旦那も、八十代の親も、重症化リスクがもりもりだ。私だけが移るならまだいいけど、家族に移すのが一番怖い。でも買い物にもデイケア送迎にも行かないといけない。日々にパンクしそうで、だから、感染リスクゼロの千歳ちゃんが友達で、息抜きに付き合ってくれるのは本当にありがたかった。
その後も、好きなお菓子とか、おみやげに持っていくお菓子でいいものの案とか(千歳ちゃんは養子になる先にあいさつに行きたいらしい)をぺちゃくちゃ喋り、高速道路を降りてまたしばらく運転して道の駅についた。コンビニくらい小さな道の駅だけど、駐車場はしっかり広い。建物に入ってみると、地元の野菜もいろいろ売っていた。
『なあ、万願寺とうがらしって、辛いのか? ししとうみたいなのか?』
「ししとうに似た味よ、大きさは全然違うけど」
『じゃあこれ買う! 葉唐辛子も買う』
千歳ちゃんはかごに野菜を放り込んだ。私は、たまにはいいものを買ってもいいと思って、地元の味噌や地元のブランド豚をかごに放り込んだ。その後も、あちこち物色してから、やっとお会計を済ませた。
『葉唐辛子は刻んで佃煮か何かにするとして、万願寺とうがらしはどうしようかな、ししとうみたいに焼きびたしじゃ芸がないしな』
車に戻って、千歳ちゃんは買い物の成果を眺めながらつぶやいた。
「ピーマンみたいに使ってもいいんじゃないかしら? お肉と一緒にしてもいいかもよ」
『そっかあ、じゃあ炒めるか、いや、ひき肉あるし肉詰めにするか』
肉詰めをすぐやろうという発想が出るあたり、千歳ちゃんはまめだなあと思う。私なら、お肉やナスと炒めて終わりだ。
帰りの車の中では夏野菜料理のアイデア出し合いをし、私は未だ大量に旦那が収穫するナスやきゅうりやピーマンやトマトの消費の算段をなんとかつけた。
あっという間に時間が過ぎてしまい、車を和泉さんのアパートの前までつけようとして……アパートに続く道の途中に、誰かがうずくまっているのが見えた。
髪の色や長さ、服装からして、私の親とそこまで変わらない年の女性に見える。どうかしたのかしら、熱中症か、もとからの病気か。
『あの人、どうしたんだろう』
千歳ちゃんも気になったようだ。
「ちょっと、声かけてくるわ」
私は車を路肩に寄せて止め、車を降りた。千歳ちゃんもついてきた。
「どうかしましたか? 大丈夫ですか?」
『動けないのか? 担ごうか?』
おばあさんの近くに寄って、代わる代わる声をかける。おばあさんは、しばらく何も反応しなかった。よほど悪いのだろうか?
救急車を呼ぶべきか、でも呼んでもコロナでパンクしている現在来るのか、と考えた所で、やっとおばあさんが声を出した。
「……ようやく来たか、待っていたぞ、怨霊!」
おばあさんは、うずくまっていたのが嘘のようにガバっと立ち上がり、彼女が手に持っていた白いナイフのようなものが、千歳ちゃんの胸にぐっさり刺さった。
『……っ』
「ち、千歳ちゃん!」
千歳ちゃんは、息が詰まったような顔になった。千歳ちゃんの体の輪郭がぼやけ、黒い塊になり、その黒い塊が四方八方に飛び散って、消えてしまった。
おばあさんは、黒くて大きい塊が刺さった白いナイフを片手に吠えた。
「予想通りだ! お前の骨で、お前が死んだところを貫けば、お前はバラバラにできる! 核さえ封印してしまえば、上島紗絵を取り出せる!」
先ほどとはうって変わって、背筋をぴんと伸ばして立ったおばあさんは、ポケットから携帯らしいものを取り出した。
「うまく行った、迎えの車を回せ。ああ、全部飛散したが、核はあるし、上島紗絵は探知できる。まず核をどうにかする」
「千歳ちゃん、千歳ちゃん!」
今何が起きたの!? 千歳ちゃん、刺されて死んじゃったの!?
「千歳ちゃんを、千歳ちゃんをどうしたんですか!!」
「うるさい、お前なんぞどうでもいい。お前も消えたいか?」
黒い高級そうな車がすーっとやってきて、おばあさんは当たり前のようにそれに乗り込んで、車は去ってしまった。
どうしよう、どうしよう、千歳ちゃんが。殺されちゃったの? いえ、怨霊って死ぬの? 封印とか言ってたし、死んではいないの? 飛び散っちゃっただけ? 飛び散って、でも、元に戻せるの?
私は、がくがく震える足を必死に動かして、千歳ちゃんの事を、まず和泉さんに知らせなければとアパートに向かった。