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体のことを調べたい

紹介された病院はバスと電車、またバスで、一時間半はかかる場所にあった。駅の位置的にはかなり都会だが、金谷さんに教えてもらった病院の位置は駅からかなり離れた山の中で、辺鄙と言う印象が拭えなかった。

「心霊業界に詳しいお医者さんって言っても、こんなところで経営成り立つのかなあ」

バスを降りてからもそこそこ歩く。ここ最近は涼しい方なのでなんとかなっているが、炎天下なら音を上げていただろう。思わずぼやくと、怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)のツッコミが入った。

『そういう業界に詳しいって評判があるなら、どこでやってても客には困らないと思うぞ』

「それもそうか」

世間的には、幽霊なんていないってことになってるんだし、街中で出すより、奥まったところに出して必要な人だけ来られるようにしたほうがいいのかもしれない。

『あの建物か? 心療内科ってなんだ?』

千歳の指差す先に、「内科・心療内科」の看板があった。

「心療内科は、ストレスで胃が痛いとか、気持ちが体に影響してるのを診る所だね」

『別にワシ、ストレスなんかないが』

千歳は首を傾げた。

「まあ、病院やる上で便宜上つけてるだけだと思うよ。内科でもあるんだしね」

近づいてみると、建物は古めかしいものの、割と大きいことがわかった。中に入って受付すると、中の施設はかなりきれいで新しいこともわかった。少なくとも、リフォームなど手入れは欠かしていないと言うことだ。

受付の女性は言った。

「金谷あかりさんからお話は承っております。保険証も費用も必要ありません、診察室へどうぞ」

保険証も費用もいらないのは金谷さんから聞いていた。今は戸籍のない千歳にはどうやっても保険証が用意できないし、それに、ただで千歳の健康診断ができるのはありがたいことだ。

診察室に千歳だけ入ったが、少しして、中から「お連れの方もどうぞ」と声がしたので、俺も入った。

椅子に座った千歳と、白衣姿のがっしりした中年男性が相対していた。男性は、目尻に笑い皺を作って俺に声をかけた。

「はじめまして和泉さま、ここの院長の高千穂と申します。よろしくお願いいたします。ご同居の方の話も伺えると診察に役立ちますので、お呼びしました。よろしいですか?」

「あ、はい、大丈夫です。役に立つかわかりませんが、よろしくお願いします」

俺は頭を下げた。千歳が言った。

『ワシも聞かれたことは話すけど、周りにいる奴はまた見方が違うから、それを聞きたいんだって』

千歳は機嫌が良さそうで、院長先生も割と優しそうだ。怖い医者でないのはありがたい。いや、千歳は怖がられる側だけども、変に怖がられないのは、それはそれでいいことだ。

院長先生は言った。

「今回、戸籍に書く用の性別に関わる診断ということは承っております。通常ですと、内性器、外性器、性染色体を踏まえて判断するのですが、その……千歳さまはその辺り、自由だということで」

『内臓はよくわからないけど、見た目は男にも女にもなれるし、股の所もちゃんと作ってあるぞ!』

「そうですね、千歳は今女の子の格好ですが、男の人にも男の幼児にもなれます。結構いろいろ変われますね、染色体まで変わってるかどうかはわかりませんが……というか、千歳は火傷しないので、そもそもタンパク質とかDNAでできてないと思います」

生物で習った、染色体とDNAの関係、DNAが翻訳されてタンパク質が合成される過程を思い出しながら答える。院長先生は興味深げにうなずいた。

「先ほど千歳さまからお話を伺いましたが、千歳さまは取り込んだ他の霊の姿を参考にして姿を変えるようですね」

「そうですね、これまで見せてもらったのも、そんな感じです」

千歳が首を傾げた。

『でも、別に中にいる奴らにしかなれないわけじゃないぞ。姿かたちがよくわかる奴なら、誰でもなれるぞ』

「そうなの!?」

「そうなんですか!?」

俺と院長先生でハモッてしまった。院長先生は興味を隠しきれない様子で言った。

「その、この場でやってみていただいてもよろしいですか?」

『じゃ、とりあえずこいつになる。普段よく見てるから、なれると思うし』

千歳は俺を指さした。

「俺!?」

千歳はボンと音を立て、椅子の上に俺が出現した。普段よく見てるというだけあって、俺の普段の部屋着(くたびれたTシャツに下は黒いジャージ)である。やめてくれ、今日は人に会うから比較的マシな服着てきたのに!

「千歳、せめて服装もう少しマシにならない……? 確かにそれ、普段の服装だけどさ……」

『お前の今の服と同じでいいか?』

「うわ、声も俺っぽい……ごめん、なんか混乱するから、別に変えなくていいや……」

『どうしろっていうんだ』

千歳は俺の顔のままふくれた。院長先生がワクワクした目で千歳を見ながら言った。

「もしかして、私の姿にもなれますか?」

『ん? そうだな、立ってもらって、後ろ姿と、横からの姿よく見られたら、なれるぞ』

「じゃあ、立ちますので、なってみてくれませんか?」

『わかった』

椅子から立ち上がった院長先生を、千歳(俺のすがた)はいろいろな方向から眺め回し、ボンと音を立てて、顔も体格も服装も、院長先生そのものの格好になった。

『ほら、できた!』

声も院長先生そのものである。

「……千歳、誰にでもなれるのはわかったけど、悪用しちゃダメだよ……?」

『別にしないぞ、お前を祟るのに必要ないし』

千歳はボンと音を立てて、最初の女子中学生の格好に戻った。院長先生は手元に何事か書き付けていた。

「とりあえず、内性器も外性器も判別つかず、ということにしておきますね。染色体のことも書いておきたいのですが、千歳さまは採血は……可能なのでしょうか?」

俺と千歳は顔を見合わせた。

『別に、ちょっと血を取るくらいはいいけど』

「取れるの?」

『わからん』

院長先生は、診察室の仕切りを少し開け、看護師さんに「ひとまず採血の準備よろしく、僕も採血のところ見る」と声をかけた。

「とりあえず、採血試させてください。取れなかったら取れなかったで、また考えますから」

結論から言うと、千歳の腕に注射器の針を刺そうとしたら、針が折れた。院長先生の目がキラッキラしていた。

「物理的強度、非常に高いですね……というか、体の一部を取るということができないのかな? すみません、染色体とは全く関係ないんですが、髪の毛を一部切らせていただくことは可能ですか!?」

今気づいたけど、この院長先生、めちゃくちゃ興味ある研究対象を目の前にした科学者だな!?

『少しだけだぞ、髪型変にならないようにしろ』

「一本か二本でいいですから」

『じゃあ、一本だけ』

結論から言うと、院長先生がどの種類のはさみを使っても、千歳の髪の毛一本に刃が通らなかった。

「やはり物理的強度が非常に高いですし、体の一部を採取するということもできないようですね!」

俺は思い返す。そういえば、千歳とよく風呂に入り、風呂掃除は俺がしているけど、排水口に溜まった髪の毛は特に増えていないな。洗面所にも、俺以外のものらしい髪の毛は見ないし。

「多分ですけど、千歳の抜けた髪の毛とか、家で見たことありませんよ。爪切ってるのも見たことありませんし」

俺が言うと、院長先生は色めき立った。

「そういう情報が欲しかったんです! お呼びしてよかった!」

「ええと、学術的には興味深いんでしょうが……千歳を傷つけるようなのはやめてくださいね」

「霊障起こして自分で自分を治療するようなことはしませんよ」

霊障って、内科とか心療内科の範囲なのか……?

「では、体力測定をしたいと思います。と言っても、握力と長座体前屈を見るだけですが」

診察室の仕切りの向こうに少しスペースがあり、座って前屈を図るものさしと箱、握力計があった。

前屈は問題なく終わったが(千歳は体がものすごく柔らかいことがわかった)、握力測定でトラブルがあった。千歳が握力計を握り、思い切り力を込めた瞬間、バキッと音がしたのだ。

『……壊れたかもしれない』

「壊した、だよこれは! すみません先生!」

『ええと、すまん……』

千歳と二人で院長先生に頭を下げたが、院長先生は嬉しそうだった。

「いえ、これはすごいことですよ! 女性で子供の見た目なのに、この力!」

千歳は困った顔で言った。

『えっと、格好変わっても、出せる力は特に変わらん。でかいほうが力の調整やりやすいから、力仕事はでかくなってやるけど』

「実に興味深い!」

この院長先生は、千歳を傷つける心配はなさそうだけど、このままほっとくといつまでも興味のおもむくまま千歳で実験を続けそうな気がする。俺は言った。

「ええと、体力測定も終わりましたし、戸籍関連の問診も済んでますし、そろそろお暇します。千歳、帰ろう」

『え、うん』

「そういうわけで、失礼します」

「また来てください!」

また来るようなことになりたくないんだよなあ……体力測定くらいならまだいいけど、病院って調子崩して来るものだし、千歳に調子崩してほしくないし。

けっこう疲れたので、病院最寄り駅のミスタードーナツで一息ついて帰った。千歳はドーナツを三つも食べた。健康で健啖なのは、いいことだ。

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