男か女か決まらない
千歳が金谷さんの実家の養子になることが内定し、千歳の戸籍として届け出る細かい内容を決めることになった。
金谷さんが言う。
「便宜上でいいので、生年月日を決めていただきたいんです。誕生日と年齢を決めていただければ、こちらで計算しますが」
『誕生日なあ……思いつかないから、今日でいいか?』
「では、そういうことで」
俺は怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)に聞いた。
「年齢は、どれくらいにしたい?」
『うーん……わからん。ワシ、いろいろなれるからなあ……一応ワシ江戸時代からいるけど、そんな人間いないから、正直に書いてもな……』
千歳は考え込んでしまった。俺も悩んだが、千歳の普段の様子から考えて、言った。
「うーん、そうだな、千歳は割と若い人の格好になることが多いけど、未成年だといろんな手続きが大変になるから、ギリギリ成年の十八歳くらいがいいかな? と思うんだけど」
『明らかに十八より上の格好にもなるけどな』
千歳が布団を干す時や、力仕事をする時や、周りに威圧感を与えたい時になるヤーさんの格好は、パッと見て三十過ぎに見える。そのことだろう。
「でも、あのヤーさんみたいな格好も、老け顔だって言えば、十八って言ってもギリ通るかも。そういう人は探せばいるし」
『うーん、じゃあ十八にするかあ』
金谷さんが手元を見て何か書きつけた。
「じゃあ、2004年生まれ、誕生日は今日ですね。性別を書く欄があるんですが、そちらはどういたしますか?」
『性別?』
「性別?」
千歳と声がハモった。お互い顔を見合わせる。千歳の性別……え、どっちだ!?
あんまりにもポンポンいろんな姿になるし、おそらく千歳が一番リラックスしているだろう黒い一反木綿の格好は、性別もへったくれもない。
一応、俺は千歳に聞いてみた。
「千歳、自分は男か女かって意識ある?」
千歳は頭を抱えてしまった。
『……わからん……お前、どう見える?』
「……俺は、どっちでもあるのかなあと思って見てたけど……どっちにもなるしさ」
『うーん、どっちつかずは嫌だけど、どっちかわからん……本当にわからん……』
俺は、千歳の成り立ちを思い浮かべた。たくさんの子供と女性に、それを取り込んだ強い霊。その後も男女の強い霊を継ぎ足し継ぎ足し。ていうか、千歳がちょくちょく『中にたくさんいる』って言ってるんだから、多分、子供や女性の霊を取り込んだ強い霊が、継ぎ足された霊たち全部も、ちゃんと取り込んでる感じだよな。
「千歳はさ、中にたくさんいるわけだけど、中にたくさん入れてる本体の千歳自身はどっち、とかないの?」
千歳は眉根を寄せた。
『あんまり思い出せない。中にいっぱいいて、よくわからない』
「あの、金谷さん。千歳の成り立ちとか、千歳のもとになった人の戸籍とか、現代にも記録残ってたりしませんか?」
千歳が思い出せないなら外部記録を参考に、と思ったのだが、金谷さんは困った顔になった。
「ええと……千歳さんの核になっているのは、江戸時代の朝霧家で一番素質があった人ってことがわかってるんですが、とにかく強かったってことしか残っていなくて、性別は書かれてないんです」
もうちょっと筆まめでいてくれよ、江戸時代の人!
千歳はますます困ってしまった。
『どうしよう……』
金谷さんは考え込んだが、やがて言った。
「ええと、じゃあ私は、上司や上島家との打ち合わせもありますので、千歳さんは今すぐ決めなくても大丈夫です。しばらく考えて、それから決めてください」
千歳は、見捨てられた子犬のような悲しい顔になってしまった。
『でも、よく考えてもわからないと思う』
「でも、よく考えたほうがいいと思います。一度決めたら、もし変えたくなっても、かなり大変な手続きをこなさないと変えられないことなので」
そうか、内見に行った時の千歳は女の子の格好だったから、とりあえず女にしよう、なんて軽く決めちゃダメってことだな。
「決まったら、いつでもお知らせください。すぐ対応いたしますので」
そう金谷さんは言ってくれて、俺たちはとりあえず金谷さんとのLINEビデオ通話を切った。
千歳は困り顔のままだった。
『本当にわからん。ワシの本体のこともよく思い出せないし』
「千歳の本体って、どんな感じなの?」
『今、ワシの体の外側を包んでて、体の中の方に心臓みたいに核みたいのがあって、中のいろんなのとつながってる』
千歳の構造の理解が深まった。いや、そういうことじゃなくて。
「えっとね、俺は千歳の本体の人が、生前どんな人だったか聞きたい感じ」
『うーん、中にいっぱいいて、それが邪魔でよく思い出せないし、思い出せても関係ないことばっかりなんだ……』
「関係ないことって?」
『こないだ、温泉の朝風呂で話した、霊ってどうやって出来てどこに行くのかとか』
割と興味深い話ではあったが、千歳の性別決定の参考にはまったくならない。
「まあ……じゃ、昔のことにこだわりすぎるのもよくないかな。千歳がこれからどうしたいか、で考える?」
『お前を子々孫々まで祟るのに、男も女も関係なくないか?』
「それもそうだな……」
『絶対決めなきゃダメかなあ』
千歳は悩みきっている。俺は、なんだか千歳がかわいそうになって、言った。
「ずっと悩んでても、いい案でないよ。頭空っぽにして、別のことしてみよう。頭のどっかには残ってるから、そのうち無意識から、ふっといい案浮かぶかもしれないしさ」
『そうかなあ』
「気分転換は大事だよ」
『じゃあ、とりあえず布団取り込んで、飯作ってくる』
千歳はボンと音を立ててヤーさんの格好になり、ベランダに出ていった。俺も仕事に戻った。富貴さんの所から来た仕事が大詰めなのだ。
俺が仕事を進め、千歳(女子大生のすがた)が台所で料理を始めて、いい匂いがしてきた頃、俺のスマホが震えた。LINEだ。金谷さんからだった。
「千歳さんの性別ですが、医師の診断書付きで戸籍の申請をすれば、性別を決めなくても戸籍が作れるかもしれないとわかりました。無理に決めなくても大丈夫かもしれません」
「そんなのがあるんですか?」
「狭山さんが、小説のネタにならないか調べたということで詳しかったんですが、世の中には性分化疾患って言って、生まれてすぐでは性別がよくわからない人もいるそうなんです。そういう人は、後から決めていいってことで、診断書があれば性別の欄を空白にして出生届が出せるそうなんです。だから、千歳さんの戸籍もそれに則れば、性別無しで取れるかもしれません」
無理に決めなくてもいいなら、悩まなくて済むし、それは千歳にとっていいことだと思う。でも。
「でも、医師の診断書がいるんですよね?」
「なので、私どもの業界に詳しい医師を紹介します。そちらで、問診程度でいいので、千歳さんに診察を受けていただけませんか?」
「本人に聞いてみます」
俺は台所に行き、千歳に金谷さんからのLINEを見せて事の次第を説明した。
『じゃあ、医者の所行けば、男か女か決めなくてもいいんだな!』
千歳は明らかにはしゃいだ。性別を決めるの、よっぽど負担だったらしい。
「じゃ、診察受けてもいい感じ?」
『話するだけだろ? 聴診器当てたりくらいなら、別にいいけど』
「それじゃ、診察受けますって返事しとくよ」
『うん』
俺は金谷さんに、千歳は診察受けていいと言ってますと返事した。返事が来た。
「戸籍を決めるのに必須ではまったくないんですが、医師が、健康診断でやるような検査や、体力検査でやるようなことを千歳さんにやらせてほしいと言っています。千歳さんが嫌ならしないとも言ってますが」
「本人に聞きます」
俺は千歳に声をかけた。
「千歳、診察に行くお医者さん、千歳がよければ健康診断とか体力検査とかさせてほしいって」
千歳は首を傾げた。
『ワシ、健康だと思うんだが』
そもそも、怨霊に健康不健康があるかという話だ。体力検査は、千歳ならぶっちぎりにいい値を出すだろうが。
ただ、俺は千歳が調子崩すことがあったら、すぐ気づいて治療ができるようにしてほしいとも思う。なので、こう言った。
「でもさ、健康な時の値を知っておかないと、もし調子崩しても、すぐわからないかも」
『そんなもんか?』
「念のためにやっといても、悪いことはないと思うけど」
『じゃあ、健康診断やるぞ。体力検査もついでにやる』
「そうしよう」
俺は金谷さんに、千歳はやると言っていると返事し、紹介された医師のところに、週末、千歳と二人で行くことになった。




